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熊野詣雑事書状(館蔵品1118)

熊野詣雑事書状(館蔵品1118)

今回紹介する文書は、これまで展示でも、活字でも紹介したことのないまったくの新出文書です。

熊野詣雑事書状(某書状)

【釈文】
被仰下之旨謹奉候了、指事不候々
上、連日忩忙之間、細々不参入言上候、
尤恐思給候、
抑熊野御幸中将殿御供奉間事、
付内外察申候、田部御宿雑事等
事、御注文請預候了、彼御宿辺如法
立針之地口入事候、年来仰付梅原法橋
行湛候、彼行湛代官日来在京明暁
罷下候也、仍御注文即下給候了、万方指
合纏頭無極之由、頻雖令申候、相構可沙汰進
之由、再三召仰候了、定不御事闕候也、兼又
石青緑(ママ)一裹、依仰返上之、紺青者当時消
塵不候、不日加下知、若到来候者、可返入候□
間、去朔日所労未得減候、出仕之時毎事可参
入言上候、委細□□畏申候者也、定―誠恐
頓首謹言、
  二月廿八日

【内容】
本資料は、鎌倉時代頃に書かれたと思われる書状ですが、差出・宛先ともに不明です。
箱書によると藤原定家(1162-1241)の書状として伝わります。
ただし、書体・内容も含め、定家筆とする積極的な根拠は見当たりません。
また、末尾に摺り消したような箇所が見られることから、
本来は別人の書状であったものが、いつの頃からか定家書状として伝来することになったものと思われます。
この古文書が(和歌山にとって)大事な点は、
定家書状かどうか、ということではなく、その内容にあります。

前半は熊野御幸の雑事(物資等の賦課・負担)に関することが記されています。
熊野御幸に「中将殿」が供奉すること、
「田部御宿」(田辺宿、現在の田辺市)の雑事についての注文を受け取った旨を返事しています。
田辺宿での熊野御幸雑事は、長年「梅原法橋行湛」に仰せつけていたが、
「行湛」の代官が普段は在京しているものの明日朝に(紀州へ)下向するので、
代官に注文を下し、雑事については必ず事欠くことがないようにすることなどを伝えています。
ここに登場する「行湛」は、田辺宿での雑事であることもあわせて考えると、
田辺別当家の「堯湛」の可能性が考えられます。
鎌倉時代末期頃に田辺別当家が熊野御幸の雑事を担っていたことなどがわかります。
この時の熊野御幸とは、弘安4年(1281)亀山院の熊野御幸の可能性が考えられます。
後半は、少し文意が不分明ですが、何か(緑青か)を返上することを伝える内容となっています。

詳細な解釈や位置づけなどは、今後更に検討を続ける必要がありますが、
鎌倉時代の熊野御幸と田辺宿に関わる新出史料として、
是非とも活用いただけましたらと思います。

(当館学芸員 坂本亮太)
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