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コラム高僧の姿? 試みの開山像

法燈国師全身 法燈国師顔 画像クリックで拡大します。
円満寺 法燈国師坐像 鎌倉時代 和歌山県指定文化財
試みの開山像―円満寺の法燈国師坐像―

 有田市宮原に所在する臨済宗寺院の円満寺は、奈良時代制作の十一面観音立像(重要文化財)が伝来する古刹である。周辺にも古代寺院の痕跡が残され、奈良時代にはこの地に寺院が営まれていたようだが、その後弘安5年(1282)に中国僧・鏡堂覚円が法燈国師無本覚心を新たに開山として迎え、鎌倉幕府の執権北条時宗の援助を得て禅宗寺院として再出発したとみられる。この円満寺に、開山法燈国師(ほっとうこくし)の姿を表した木製の頂相(ちんぞう)が伝わっている。
 頂相とは、禅宗の僧侶を表した肖像で、画像と彫像の両方があり、画像の場合は上半身だけのものと全身のものがある。頂相は、師が弟子へ師資相伝の証として与えるものであり自讃を伴う画像が一般的だが、開山像としての頂相は木製で作られることもある。その特徴は、写実的な面相部の表現にある。これは、禅宗のルーツである中国・宋時代の人物画法においては、写実を追求して理想化による改変を加えないことを重視する伝統に基づいている。日本においてもその伝統が受け継がれ、禅僧の真の姿が写されたのである。ちなみに真を写すこと、すなわち「写真」という言葉は本来、肖像を示す言葉である。
 円満寺の法燈国師坐像(和歌山県指定文化財)は坐高59.4センチで等身大より少し小さい。元禄14年(1701)の縁起にはこの像について、「法燈国師八十七歳の時、由良鷲峯山に塑寿像を安置することを欲し、諸弟は仏工に命じて試しにまずこの像を刻む。ゆえに由良一派においては試みの開山と称す」と記されている。由良町の興国寺に安置される法燈国師像(重要文化財)は、近年の研究で正応6年(1293)頃、国師87歳の姿を表して造られたと考えられている。興国寺像よりやや若く見える本像が、寺伝にいうようにそれより早く造られた可能性はありそうである。
 その迫真的な表情からは、法燈国師の高い精神力、揺るぎない内面の充実さえも感じられる。頂相という文化が、はるか700年の時を隔てて、我々に法燈国師という人物の実在を感じさせてくれているのである(学芸員大河内智之)。

企画展 高僧の姿―きのくにゆかりの僧侶たち―
和歌山県立博物館ウェブサイト
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