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3月1日に御坊市で現地学習会が開催されました

 3月1日(日)13時30分から御坊市中央公民館で、現地学習会「歴史から学ぶ防災―災害の記憶を未来に伝える―」が開催され、御坊市内、美浜町内、日高川町内をはじめ90人の参加がありました。

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 まず、主催者を代表して当館鈴木副館長が開会の挨拶を行いました。

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 続いて、5人の方々に報告を行っていただきました。
 和歌山大学名誉教授藤本清二郎さんの「吉宗藩主期の日高川河口『波除堤』について」の報告では、1707年の宝永地震を経験した紀伊藩主徳川吉宗は、災害復旧や防災に取り組んだとし、その一例が現在の御坊市名屋に築造された「浪除堤」であるとされました。そして、「浪除堤」が記された名屋浦鑑や日高川河口絵図の分析、現地調査の成果から、その堤の構造を推定され、堤が築造された意義について言及されました。

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 印南中学校教諭阪本尚生さんの「安政南海地震と御坊 -『津波心得咄し』を中心として-」の報告では、まず嘉永7年(1854)11月5日に起こった安政南海地震が記されている史料が紹介されました。今回はそのうちの1つである饅頭屋の清七の「津波心得咄し」に記された清七の行動を詳細に再現されました。清七は名屋で地震に遭遇し、余震と津波の襲来に不安をいただきながら、家族と再会し、避難生活に強いられながら、再建に向かって行く。その様子を、イラストや絵図を駆使して説明いただきました。最後に、清七が記した「津浪恐ろしき事」という教訓が現代にも通じるものであるとして紹介されました。

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 神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター研究員の木村修二さんの「御坊市薗の天性寺に残る板に記された安政地震津波の記憶」の報告では、天性寺の板書「大地震津浪之事」が制作された時期やその背景について話され、現代の人にもわかりやすいように現代語訳が提示されました。また、天性寺のすぐ傍にある浄国寺に残されている記録にも触れながら、被災直後の生々しい御坊周辺の状況が再現されました。最後に、紙や石ではなく、板に書き記す意味についても触れられました。

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 和歌山県教育庁文化遺産課技師三本周作さんの「美浜町吉原の松見寺本尊宝冠釈迦如来像」の報告では、まず松見寺の本尊である宝冠釈迦如来坐像について、本尊と両脇侍の違いや衣文の表現、面相表現などの検討から、制作時期は16世紀末から17世紀初までの時期ではないかとされ、本尊の宝冠は後に付けられた可能性があるとされました。また松見寺の歴史にも触れられ、涅槃宗から天台宗への改宗、再興という歴史的な変遷のなかで、本尊も変遷していったとされました。

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 当館主任学芸員の前田正明の「災害記念碑建立の背景-美浜町浜ノ瀬の『津浪之紀事』碑と日高川町若野の水害記念碑-」の報告では、まず「災害の記憶」を伝える災害記念碑について簡単に説明しました。そのうえで、美浜町浜ノ瀬にある「津浪之紀事」碑は、安政地震津波の災害教訓を、瀬戸佐一郎が後世に残すために建立した貴重な石碑である。ただ、その背景には浜ノ瀬浦の庄屋であった木村理三郎の働きかけや「災害の記憶」を残そうとする浜ノ瀬浦の住人の努力もあったのではないかとした。一方、日高川町若野にある水害記念碑は明治22年の水害よる被災の状況教訓を伝えてくれるものであり、その建立の背景に水害後に若野住人の一部が檀家になった御坊市小松原の九品寺の住職が建立したのではないかと推定した。また、美浜町和田の済広寺では被災した一一面観音像をお祭りし、明治22年の水害の状況も記した「観音和讃」を唱える観音講が毎月行われており、「災害の記憶」を後世に伝えようとする取り組みとして注目されるとした。

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 報告に対する質疑応答では、参加者の方から、松見寺の改宗の問題についての質問があり、報告者が回答したのち、閉会しました。

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 閉会後、希望者を募って行われたワークショップでは、近大姫路大学人文学・人権教育研究所講師の松下正和さんの司会のもとで、まず今回の学習会の感想をお聞きしました。そして、現在、名屋で現在行われている避難訓練の様子をハザードマップを見ながら自主防災組織会長さんからお話をうかがい、問題点なども指摘していただきました。

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 28日の那智勝浦町、そして1日の御坊市と、いずれも地元の方々にたくさんお集まりいただきありがとうございました。また、北は仙台、東は東京、横浜、西は福岡、長崎から、土砂災害や災害史、文化財の保全に取り組んでおられる研究者の方にも多数お集まりいただきました。御坊市・御坊市教育委員会を始め、美浜町・美浜町教育委員会、日高川町、日高川町教育委員会のご協力も得て、大盛況のうち終わることができましたこと、心からお礼申しあげます。

(主任学芸員 前田正明)

災害記念碑一覧
和歌山県立博物館ウェブサイト
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