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コラム 紀州の画家紹介 23 愛石(あいせき)

企画展「江戸時代の紀州の画家たち」の関連コラム
「紀州の画家紹介」
23回目にご紹介するのは、愛石(あいせき)です。


愛石(あいせき)

◆生 年:明和元年(1764)

◆没 年:未詳

◆享 年:未詳

◆家 系:未詳

◆出身地:紀州出身とされるが未詳

◆活躍地:河内・大坂

◆師 匠:野呂介石(のろかいせき、1747~1828)?

◆門 人:高田秋斎(たかだしゅうさい、1759~1812)・篠置易庵(ささおきえきあん、1768~1852)・大谷品嵓(おおたにひんがん、1791~1855)・中村四端(なかむらしたん、1752~1846)・服部仏蓮(はっとりぶつれん、1814~73)・吉村撫松(よしむらぶしょう、1799~1869)など

◆流 派:文人画

◆画 題:山水

◆別 名:黙叟・真契・松井愛石など

◆経 歴:僧侶、文人画家。未詳な点も多いが、紀州出身とされる。文化6年(1809)、南河内郡西浦(みなみかわちぐんにしうら、現在の大阪府羽曳野市(はびきのし))にある宝寿寺(ほうじゅじ)(黄檗宗)の住職である敬之如顕(けいしにょけん、?~1843)の跡を継ぎ、同寺の住職となる。寛政8年(1796)から享和元年(1801)にかけて、大坂の文人である木村蒹葭堂(きむらけんかどう、1736~1802)と密接に交流していたことが、『蒹葭堂日記』からわかり、また、丹南郡野村(現在の大阪府羽曳野市)の平田竹軒(ひらたちっけん、1765~1820)が中心となって結成した白鷗吟社(はくおうぎんしゃ)という文芸結社の一員であったことも判明している。ただ、その死に関しては、大阪町奉行所の与力である大塩平八郎(おおしおへいはちろう、1793~1837)の事件に連座したため投獄されて病で亡くなったとの説もある。なお、絵は、紀伊藩士で文人画家の野呂介石に学んだとされるが、画風には、京都の文人画家である池大雅(いけのたいが、1723~76)の影響が強く、軽妙な表現の山水を得意とした。書にも大雅からの影響が顕著だが、年代的に大雅との直接の交流は想定されないため、蒹葭堂をはじめ、大坂画壇からの影響が想定されよう。また、白鷗吟社に加わる河内の文人たちにも絵を教えたことも知られる。ちなみに、介石や、讃岐国出身の文人画家である長町竹石(ながまちちくせき、1757~1806)とともに、名前に「石」がつくことから、この三者を「三石」と並び称すこともある。

◆代表作:「箕山瀑布図(きざんばくふず)」(個人蔵)、「楓林停車図(ふうりんていしゃず)」(和歌山県立博物館蔵)など


今回展示している作品をご紹介しましょう。
まずは、「夏景山水図」(和歌山県立博物館蔵)。
愛石筆 「夏景山水図」 (和歌山県立博物館蔵) 軽
(以下、いずれも画像をクリックすると拡大します)
愛石筆 「夏景山水図」 款記 (和歌山県立博物館蔵) 軽 愛石筆 「夏景山水図」 印章 (和歌山県立博物館蔵) 軽
款記は「愛石」で、印章も「愛石」(白文方印)です。
全体にあっさりとした作品で、軽妙で淡泊な表現に、大雅の影響と愛石らしい画風がよくあらわれています。


一方、もう一つの展示作品は「楓林停車図」(和歌山県立博物館蔵)です。
愛石筆 鴨渕賛 「楓林停車図」 (和歌山県立博物館蔵) 軽

愛石筆 鴨渕賛 「楓林停車図」 款記 (和歌山県立博物館蔵) 軽 愛石筆 鴨渕賛 「楓林停車図」 印章1 (和歌山県立博物館蔵) 軽 愛石筆 鴨渕賛 「楓林停車図」 印章2 (和歌山県立博物館蔵) 軽
款記は「愛石」で、印章は「愛石」(朱文方印)、「真契」(白文方印)です。

左上の賛は、
愛石筆 「楓林停車図」 鴨渕賛 (和歌山県立博物館蔵) 軽
「遠上寒山石径斜/白雲深処有人家/停車坐噯楓林晩/霜葉紅於二月花/鴨渕題 「鴨」「淵」(白文連印)」
とあります。
これは、鴨渕(おうえん、生没年未詳)という人物が、中国の唐時代の杜牧(とぼく、803~52)が詠んだ「山行(さんこう)」という七言絶句の漢詩を書いたもので、「車をとめて夕暮れの楓に見とれていると、楓が二月の花より赤く美しく見えた」という内容です。

絵は、水墨で描かれた、モノクロームの世界ですが、漢詩の内容を理解した人には、このモノクロの山々や林が、秋の紅葉に見えるという仕掛けとなっているのです。

絵をよく見ると、平らな岩の上には紅葉を眺める高士が座っており、
愛石筆 鴨渕賛 「楓林停車図」 高士 (和歌山県立博物館蔵) 軽

また、画面の下の林の中には、とてもわかりにくいのですが、車いすのような人力車のような車と、それを曳く二人の人物が描かれています。
愛石筆 鴨渕賛 「楓林停車図」 停車 (和歌山県立博物館蔵) 軽

賛を書いた鴨渕という人物についてはよくわかっていませんが、絵の方は全体によく描き込んであり、愛石の作例の中では、充実した大作といえるでしょう。まだまだ、わからないことの多い愛石という画家ですが、大阪の文人や大阪画壇とのかかわりの中で、今後、色々なことがわかってくるかもしれません。(学芸員 安永拓世)

江戸時代の紀州の画家たち
和歌山県立博物館ウェブサイト
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