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コラム5「玉洲が使っていた画材道具2(墨)」

「桑山玉洲のアトリエ」展のコラム5回目です。

さて、今回は、前回のコラムの続きで、玉洲が使った画材道具類の中に含まれている
「画材道具類 (桑山玉洲所用)」のうちの「墨」をご紹介しましょう。
画材道具類(桑山玉洲所用) 個人蔵(軽)
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画材道具類 (桑山玉洲所用)
(がざいどうぐるい (くわやまぎょくしゅうしょよう))


①「織布」墨(「しょくふ」ぼく)
「織布」墨 (軽) 「織布」墨 年紀 全体(軽)
「織布」墨 裏 (軽) 「織布」墨 側款 全体(軽)
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中国製の墨とみられ、側面には、乾隆50年(1785)の年紀と、「方維甸」という制作者らしき銘が記されています。また、華麗な箱や書付が付属しており、
「織布」墨 箱と書付とも (軽)
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貴重な墨であったようです。
桑山家旧蔵の画材道具に含まれる墨の中では、珍しく未使用の状態で残されています。


②「繙経臺」墨(「はんけいだい」ぼく)
「繙経臺」墨 表 (軽) 「繙経臺」墨 裏 (軽)
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中国製の墨とみられ、「方建元氏」とあることから、中国の墨の制作者として有名な、方于魯(ほううろ)製の墨ではないかと考えられます。斜めに欠けているように見える部分は、墨を使ってすり減った部分のようです。


③「翠雲堂寛文年造」墨(「すいうんどうかんぶんねんぞう」ぼく)
「翠雲堂寛文年造」墨 表 (軽) 「翠雲堂寛文年造」墨 裏 (軽)
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日本製の墨とみられるもので、左の画像の右上には「翠雲堂寛文年造(すいうんどうかんぶんねんぞう)」という銘文があり、同じく左の画像の左下には「武蔵大掾製(むさしだいじょうせい)」という銘文もあります。下部には、やはり使用した形跡があります。


④「九貢」墨(「きゅうこう」ぼく)
「九貢」墨 表 (軽) 「九貢」墨 裏 (軽)
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中国製の墨とみられるもので、中国製の有名な墨を図示した『方氏墨譜』や『程氏墨苑』には、これとよく似た模様の「九貢」墨が掲載されています。下部には、使用されたような形跡がわずかにあります。


⑤「海晏文龍見」墨(「かいあんもんりゅうけん」ぼく)
「海晏文龍見」墨 表 (軽) 「海晏文龍見」墨 裏 (軽)
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中国製の墨とみられるもので、「玉映堂蔵」の銘があります。やはり、下部には、使用された形跡があります。


⑥「御賜金蓮」墨(「おんしきんれん」ぼく)
「御賜金蓮」墨 表 (軽) 「御賜金蓮」墨 裏 (軽) 「御賜金蓮」墨 側款(軽)
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日本製の墨とみられ、側面には「森嘉豹仿古監造」の銘があります。下部には、かなりの使用痕があります。


⑦「協和萬邦」墨(「きょうわばんぽう」ぼく)
「協和萬邦」墨 表 (軽) 「協和萬邦」墨 裏 (軽)
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中国製の墨とみられ、「歙曹素功製」の銘があります。やはり、下部は使用により、斜めにすり減っています。


⑧「四海昇平」墨(「しかいしょうへい」ぼく)
「四海昇平」墨 表 (軽) 「四海昇平」墨 裏 (軽)
「四海昇平」墨 側款 (軽)
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日本製の墨ではないかとみられるもので、短側面には「翠松園製」という銘があります。珍しく使用痕はありません。


⑨「龍」字銘墨(「りゅう」じめいぼく)
「龍」字銘墨 表 (軽) 「龍」字銘墨 裏 (軽) 「龍」字銘墨 側款 (軽)
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今回ご紹介している桑山家旧蔵の墨の中で、最も使用されて、すり減っている墨です。「龍」という銘や、龍の文様、側面には「先生」の銘が確認されますが、はっきり読み取れません。


⑩「硯龍堂」朱墨(「けんりゅうどう」しゅぼく)
「硯龍堂」朱墨 表 (軽) 「硯龍堂」朱墨 裏 (軽)
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日本製の朱墨とみられ、片面には松と万歳の文様が、もう片面には「硯龍堂」の銘があります。下部には、かなりの使用痕があります。


⑪「騂錠」朱墨(「せいじょう」しゅぼく)
朱墨1 表 (軽) 朱墨1 裏 (軽)
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日本製の朱墨で、「古梅園精煉」という銘があります。下部には、使用痕があります。


これらの墨については、それぞれ、より細かい検討が必要ですし、玉洲が本当に使用していたのかという点も、前回のコラムでご紹介した画材道具類とともに、今後のさらなる検証を待たなければなりませんが、とはいえ、中国製の墨がかなり多く含まれている点は重要でしょう。

玉洲が集めていた絵にも、中国の絵が多く含まれていたことを考えると、玉洲自身が、積極的にこうした中国製の墨を集めていた可能性は高いと考えられます。

また、大半の墨に使用痕があり、かなり使い込まれている点も、興味深いといえるでしょう。他の画材道具類と同じく、江戸時代の画家のリアルな制作現場の様子を伝えてくれます。

まさに、200年前のタイムカプセルといえるでしょう。

ぜひ、展示を通して、こうした使いかけの道具の実感を感じ取ってみてはいかがでしょうか。(学芸員 安永拓世)

特別展 桑山玉洲のアトリエ―紀州三大文人画家の一人、その制作現場に迫る―
和歌山県立博物館ウェブサイト
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