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スポット展示「絵はがきのオモテ」

 県立博物館では、博物館での所蔵している資料を、より多くの方々に、広く知っていただきたいという目的で、2階に「スポット展示」のコーナーを設けています。このスポット展示は、無料でご覧いただけます。
 今年度は「文化財のウラ、見ませんか?」として、通常の展示では、なかなか脚光を浴びることのない文化財の裏側を、展示のメインにして紹介します。

 一昨年(2010年)の5月からスタートした「スポット展示」については→こちらをご参照ください。

26回目を迎えた今回のテーマは
絵はがきのオモテ
【会期:2月19日(火)~3月31日(日)】


 はがきは、あて名(受取人の住所や名前を書く面)がオモテ面、伝える内容を書く面が、ウラ面とされています。
 絵はがきは、ウラ面に各地の風景や人々の生活などを撮影した写真が印刷されているのが一般的です。写真があまり普及していなかった戦前において、絵はがきは当時の歴史を振り返ることができる貴重な資料といえます。博物館での展示では、通常、写真面(ウラ面)を展示します。
 今回の展示では、絵はがきの製作時期(写真の撮影時期)を特定できる情報がオモテ面に含まれていることを知っていただくため、通常の展示では裏側になってしまうオモテ面を展示します。
 以下は、主な展示資料の解説です。

(和歌浦名勝)紀三井寺全景 1枚
  (わかのうらめいしょう きみいでらぜんけい)
 明治43年(1910)以前

186紀三井寺全景(表) 186紀三井寺全景(裏) (画像をクリックすると拡大します)

 この絵はがきは、表面の記載から、和歌の浦を訪れた黒田源三が、東京に住んでいた喜多村進に宛てたものとわかります。10月23日に自らの近況を記して、すぐに投函したようで、「(明治)43.10.25」の消印があります。このことから、裏面の写真は、明治43年以前のそれほど遠くない時期に撮影された紀三井寺の風景と考えられます。

紀三井寺より和歌の浦を望む 1枚
  (きみいでらよりわかのうらをのぞむ)
 明治40年(1907)~大正7年(1918)
紀三井山より和歌浦を望む  1枚
  (きみいざんよりわかのうらをのぞむ)
 大正7年(1918)~昭和8年(1933)以前

286紀三井寺より和歌の浦を望む(表) 286紀三井寺より和歌の浦を望む(裏) 287紀三井山より和歌浦を望む(表) 287紀三井山より和歌浦を望む(裏)
 (画像をクリックすると拡大します)

 2枚とも紀三井寺から和歌の浦方面を撮影したものです。
 左側(②)の絵はがきの表面をみると、下部3分の1に通信文を書けるように線が引かれています。こうした様式になるのは、明治40年(1907)から大正7年(1918)までの間です。
 右側(③)の絵はがきの表面は、2分の1が通信文として使用できるように線が引かれています。こうした様式に変更されるのは、大正7年のことでした。
 いずれも、和歌川に架かる旭橋が見えます。旭橋は、明治32年(1899)に初めて架けられ、明治42年(1909)に市街電車が紀三井寺まで延長されるのに伴い、拡幅のため付け替えられました。当時延長された線路の両側には、塩田が広がっていました。


 このような解説とともに、資料が展示されています。
 博物館の2階は、どなたでも無料でご覧いただけます。折々、博物館の2階を訪れてみてはいかがでしょうか。
 今回のスポット展示は、3月31日(日)までです。

(主任学芸員 前田正明)

→和歌山県立博物館ウェブサイト
→これまでのスポット展示
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2件のコメント

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[C192] 絵はがき

昨今、PC・ケータイ・スマホと電子化された文字ばかり、しかし展示されてる「絵はがき」は季節感と自筆で温かみを感じます。

私も最近は手紙や絵はがきを書くことが多くなりました。自身の心も和む。

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