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さまざまな資料に残された災害の記憶

 先日当館が行った御坊市財部(たから)にある安養寺の文化財調査で、
明治22年(1889)の大洪水に関わる資料が確認されました。
 境内にある鐘楼堂は、今年1月から修復が行われたそうで、その際3枚の棟札が見つかりました。
そのうちの2枚には、明治23年(1890)に鐘楼堂が再建された経緯が記されています。

418.jpg (鐘楼堂)

  明治廿一年子ノ旧七月二十三日之夜大風之
  為メ、当寺鐘楼堂覆潰致、翌二十二年
  丑ノ旧七月二十二日之大洪水之為メ、稀多数
  流木止リ、其中之用材ヲ以テ島・野口両村之
  有志ヨリ該木材寄附ト相成、夫幸ニテ該
  堂再建ト相成リ、依テ左之通リ発起人・
  世話人ヲ記載ス
  尤モ木材・瓦・金額之寄附ハ記録書ニ
  遺顕ス
   (住職名・発起人・世話人などの氏名を記載)
  明治二十三年 新暦二十四年
   寅旧十二月二日 七月十三日当ル

 この明治22年の大水害の被害状況については、当時のご住職は「過去帳」にも生々しく記しています。

    新暦八月十九日ニ当ル
  此年七月廿三日大水ニテ天田川凡ソ二丈余、熊之川ハ三丈余家流レ、若野善長寺流、
  人ノ死人数知ズ、田地ハ泥(ドロ)ノ海ノ如ク当寺屋敷ハ五尺余水揚ル
  明治弐拾壱年旧七月廿三日ハ大風ノ為家屋之
  破損、旦潰家死人太々未曾有之烈風
  ニシテ、漸ク本年二十二年ニ至る、損荒之
  方付も出来と思折、豈図ン哉、同弐拾二年
  旧七月廿三日ハ又未曾有之大雨ノ為即日高
  川ノ堤防忽チ破堤サレ、其押水ノ裂激ナ
  ルニ、依之家屋ノ破損ハ無論諸道具悉ク
  流サレ、田地ハ泥水ノ為河・道・田ノ三別
  只一円之平地ト相成、
  暫時旧田ニ帰らずかえらズ、人民食料ニ
  礑困シテ、今ニ但シ旧八月九日皇息之御仁恤ヲ蒙リ、救
  助米ニテ助合スル計ナリ、嗟末世ノ惨形如是

 こうした先人たちが残してくれた災害の記憶を、皆さんにお伝えできればと考えています。
 紹介させていただいた資料は、安養寺ご住職の許可を得て掲載させていただきました。

(主任学芸員 前田正明)

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