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コラム高僧の姿? 高僧の姿と高野山浄土

遍照寺弘法大師像 遍照寺本堂
左:遍照寺弘法大師像 右:遍照寺本堂 画像クリックで拡大します。
高僧の姿と高野山浄土―紀美野町遍照寺の弘法大師像―

 高野山西麓、貴志川(神野川)と真国川の流域は、かつて神野真国荘(こうのまくにのしょう)と呼ばれた高野山の根本寺領の一つである。その二つの川の合流点にほど近い紀美野町津川の遍照寺は、江戸時代の地誌『紀伊続風土記』に「信仰の者多し、堂も綺麗にて山村の小堂にあらず」と記された地域の拠点寺院であり、現在も地域住民の結束により三間四面の本堂一棟が維持されている。
 この遍照寺の本尊像として、高野山文化を濃厚に伝える一幅の肖像画が伝えられている。日本に正式な密教を伝え、密教道場としての高野山を開いた、弘法大師空海(774?835)の像である。
 弘法大師像は、絹の上に顔料を用いて描かれており、縦81.4センチ、横76.5センチを計る。向かって左を向き、右手に五鈷杵という密教法具、左手に念珠を持って座るその姿は、空海の弟子真如親王(799?865)が描いたとされることから「真如様(しんにょよう)」と呼ばれる正統的なスタイルに則っている。謹直な描線で輪郭を描いた丁寧な作風から南北朝時代(14世紀)の制作と考えられ、高野山の周辺地域においては最古の大師像である。
 画像を一寺の本尊とすることは珍しいが、高野山壇上伽藍御影堂の本尊は真如自筆の弘法大師画像と伝えられ、それを踏襲していると見られる。
 遍照寺弘法大師像には、さらに付け加えて重要な情報が示されている。画面上部の梵字である。これは仏の姿を文字によって表す種子(しゅじ)というもので、右から「アーク(胎蔵界大日如来)」「バン(金剛界大日如来)」「キリーク(千手観音)」「ソ(弁才天)」の四字が記される。実はこの種子は、高野山の鎮守の神である四社明神(丹生明神・高野明神・気比明神・厳島明神)を表したものである。すなわちこの図には、あわせて5人の神と人が描かれているということになる。
 画面を見ている限りでは、人と文字としてしか意識されないかもしれない。しかし、それが表す内的世界は、高野山の象徴としての弘法大師と四社明神とが織りなす信仰世界、すなわち高野山浄土ともいえる大きな広がりを含んでいるのである。(学芸員大河内智之)

企画展 高僧の姿―きのくにゆかりの僧侶たち―
和歌山県立博物館ウェブサイト
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