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コラム「持ち主を示すハンコ」

これまでコラムでご紹介してきたハンコは、いずれも、書や絵や工芸の制作者、あるいは制作に深くかかわった人物が、制作された当初に押したハンコでしたが、今回のコラムでは、のちの時代に所蔵者などが押したハンコ、すなわち持ち主を示すハンコについてご紹介しましょう。

ハンコは、自分が書いたものや作ったものの証明として押されるだけでなく、持ち主や所蔵者を明示するために押される場合もありました。
他の人の同じ持ち物と区別するため、あるいは、盗難を防止するため、さらには、その物の持ち主であることに重要な意味がある場合などに、ハンコが押されたのです。
こうしたハンコを所蔵印(しょぞういん)や鑑蔵印(かんぞういん)と呼びます。
鑑蔵印は、所蔵者に限らず、その作品を見たり鑑定したりした人物が押したハンコで、主に中国で使用されました。日本では、見たり鑑定しただけではあまりハンコを押さず、持ち主が押す場合が多かったようです。

また、現在でも、たとえば図書館で借りた本には、図書館の名前がハンコで押されていますが、これも所蔵印の一種で、図書の場合はとくに蔵書印(ぞうしょいん)と呼ばれました。図書は、とくに、他人と同じ本をもっているような場合が多いため、自分の持ち物であることを明確にするために押す必要が生じたようです。

こうした所蔵印や蔵書印の歴史は、個人がハンコを使うようになったよりも古く、古代や中世の寺院でも所蔵品にハンコを押した例が多くあります。


次に紹介する絵は、そうした持ち主を示す所蔵印が押された例です。

竜図 徳川治宝筆 和歌山県立博物館蔵(小)
竜図 徳川治宝筆(りゅうず とくがわはるとみひつ)
1幅
絹本著色
縦111.9㎝ 横42.5㎝
江戸時代(19世紀)
和歌山県立博物館蔵

今年は辰年ということで、先日、新年早々に竜の絵と竜のハンコをご紹介しましたが、辰年にちなんで 竜の絵と竜のハンコその絵と同じく、これも、紀伊藩10代藩主である徳川治宝(とくがわはるとみ、1771-1852)が描いた竜の絵です。眼や角の部分には金泥(きんでい)と呼ばれる金の顔料(がんりょう)を用いています。

画面中ほどの右側に押されているのは、「治宝之章(はるとみのしょう)」(陽文方印(ようぶんほういん))のハンコです。
竜図 徳川治宝筆 落款印「治宝之章」(陽文方印) 館蔵498(小)
このハンコは、他の治宝の作例を見ると、「黄門(こうもん)」(陰文方印(いんぶんほういん))という中納言を示すハンコとともに押されることが多いようです。
「黄門」のハンコと「治宝之章」のハンコの組み合わせについてはコラム「肩書きを示すハンコ」をご参照ください。
治宝が中納言の官職にあったのは、寛政3年(1791)から文化13年(1816)までの間であり、治宝の比較的早い時期の作例とも考えられます。

一方、右下に押されているのは「田安府芸堂印(たやすふげいどういん)」(陽文方印)のハンコで、これは、徳川御三卿(とくがわごさんきょう)の一つである、田安家(たやすけ)の所蔵印です。
竜図 徳川治宝筆 所蔵印「田安府芸堂印」(陽文方印) 館蔵498(小)

徳川御三卿とは、徳川吉宗(とくがわよしむね、1684-1751)の子どもや子孫の家が分家となったもので、田安家、一橋家(ひとつばしけ)、清水家(しみずけ)の三家からなります。御三家に次ぐ、有力な徳川家の分家となった家系です。

吉宗は、紀伊藩5代藩主でもありましたから、御三卿と紀伊家とは深い親戚関係にありましたが、治宝との関係でさらに重要なのは、治宝の妻にあたる種姫(たねひめ)が、田安家の初代である徳川宗武(とくがわむねたけ、1715-71)の娘であった点でしょう。
つまり、治宝にとっては、田安家は妻の実家であったのです。

このように、絵に押された所蔵印からは、その絵の持ち主とともに、その絵がたどってきた歴史やそれをとりまく人々の関係が明らかになる場合が少なくありません。
制作者のハンコだけでなく、こうした所蔵印も、資料の伝来を知るうえで、とても重要な情報源となるのです。

ちなみに、こうした所蔵印は、絵や書の右下に押される場合が多いようです。
蔵書印の場合には、たいてい、文章がはじまる最初のページの右下に押されています。
また、所蔵印や蔵書印は、陽文のハンコが用いられることが多いようですが、これは、大切な所蔵品につく朱肉をできるだけ少なくして、画面の見栄えを悪くしたり、本を汚したりしない工夫であるともいわれています。そのため、陽文のハンコでも、文字の部分の線がひときわ細くなっているハンコが所蔵印や蔵書印に使われているのを、よく目にします。
法元人筆意山水図 宋紫岩筆 所蔵印「明光浦桑嗣粲家蔵印」(陰文長方印) 個人蔵(小) 山水図扇面画帖 伊孚九筆 表紙題簽 所蔵印「桑山氏図書記」(陽文長方印) 個人蔵(小) 大辺路図 「南葵文庫」(陽文装飾郭方印) 館蔵167(小) 大辺路図 「旧和歌山徳川氏蔵」(陽文長方印) 館蔵167(小)
これらの写真は、今回の展示で紹介している所蔵印や蔵書印です 

なお、所蔵印というか蔵書印に関する余談ですが、西洋では、蔵書印の代わりに、本の見返しなどに、蔵書票というラベルを貼るという文化がありました。ただ、こうした蔵書票にも、おなじ文字や図柄をくりかえし使う必要性から、銅版画や木版などの版画を用いる場合が多かったようです。(学芸員 安永拓世)


企画展 ハンコって何?
和歌山県立博物館ウェブサイト

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