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ミュージアムトーク3回目(ハンコって何?)

本日、1月7日は、企画展「ハンコって何?」の3回目のミュージアムトーク(展示解説)がおこなわれました。

風の冷たい日でしたが、7名の方にご参加いただきました。

トークの風景はこんな感じです。
2012-01-07トーク1 2012-01-07トーク3
2012-01-07トーク2

新年早々、ご参加いただいた皆さま、お忙しい中、本当にありがとうございました。

今日のトークでは、ハンコの制作者である篆刻家(てんこくか)や
篆刻家がハンコの側面に彫った銘文である側款(そっかん)についてのご質問がいくつかありました。

一つは、桑山玉洲(くわやまぎょくしゅう、1746-99)の妻である桑山君婉(くわやまくえんえん、?-1828)の使用印である
桑山君婉使用印 「君」「婉」(陰文楕円連印) 全景 個人蔵(小) 桑山君婉使用印 「君」「婉」(陰文楕円連印) 印面 個人蔵(小) 桑山君婉使用印 「君」「婉」(陰文楕円連印) 個人蔵(小)
桑山君婉使用印「君」「婉」(陰文楕円連印) 個人蔵

桑山君婉使用印 「才不才之間」(陽文長方印) 全景 個人蔵(小) 桑山君婉使用印 「才不才之間」(陽文長方印) 印面 個人蔵(小) 桑山君婉使用印 「才不才之間」(陽文長方印) 個人蔵(小)
桑山君婉使用印「才不才之間」(陽文長方印) 個人蔵

上の写真の二つのハンコが、
「君婉の自作のハンコであるとわかるのはなぜですか?」というご質問でした。
トークでは、あまりくわしい説明をできなかったので、申し訳なかったのですが、キャプションに少し記しましたように、この二つのハンコは、もう一つの君婉使用印である
桑山君婉使用印 「君」「婉」(陽文連印) 全景 個人蔵(小) 桑山君婉使用印 「君」「婉」(陽文連印) 印面 個人蔵(小) 桑山君婉使用印 「君」「婉」(陽文連印) 斜 個人蔵(小)
桑山君婉使用印「君」「婉」(陽文連印) 個人蔵

上の写真のハンコとともに、紙に包まれた状態で箱の中におさめられていました。
そして、その包み紙には、
桑山君婉使用印の包紙(小)
上の写真のように「君婉刀自 御印三顆」と書かれています。

これらの桑山君婉使用印は、桑山玉洲使用印とともに、桑山家に伝わったとみられる資料で、こうした記述も、玉洲や君婉の時代からそれほど時を経ずして書かれたと考えられることから、君婉自身が篆刻した可能性は高いと考えられるのです。

また、これに関連して、同じ参加者の方から
「ハンコを作った人の銘があるハンコが少ないのはなぜですか?」というご質問もありました。

トークの中でもご紹介しましたように、今回展示しているハンコの中で、ハンコの制作者がはっきりとわかるのは、「側款(そっかん)」という制作者の銘が彫られた、
野呂介于使用印「呂周輔氏」(陰文回文方印)・「呂隆忠印」(陰文回文方印) 個人蔵 野呂介于使用印「呂周輔氏」(陰文回文方印) 側款 個人蔵 野呂介于使用印「呂周輔氏」(陰文回文方印) 印面 個人蔵 野呂介于使用印「呂隆忠印」(陰文回文方印) 印面 個人蔵
野呂介于使用印「呂周輔氏」(陰文回文方印)・「呂隆忠印」(陰文回文方印)

上の写真に挙げたハンコだけです。

というのも、先の桑山君婉の例のように、多くの江戸時代の画家や書家は、自ら使うハンコをある程度は自分で彫っていたようですし、また、江戸時代の中期ごろには、篆刻家が作ったハンコであっても、必ずしも側款が彫られたわけではなかったようです。
もちろん、江戸時代中期ごろに使われたハンコでも、側款のあるものが残されているため、一概にはいえませんが、側款がより一般的に彫られるようになるのは、江戸時代の後期から近代以降に作られたハンコが多いようにも見受けられます。
ただ、こうした側款のないハンコであっても、ある篆刻家が制作したハンコを集めた印譜(いんぷ)などにハンコが載っていることで、制作者が判明する場合もあります。
現状では、今回の展示資料のなかで、制作者の判明するハンコは一つだけですが、そうした印譜を丹念に見ていくことで、今後、制作者がわかってくるハンコがあるかもしれません。

一方、「ハンコに使われている石は、特別な石なのですか?」というご質問もありました。

今回展示しているハンコの石の材質については、私自身も勉強不足で、細かく把握できてはいませんが、なかには中国の浙江省(せっこうしょう)の青田県(せいでんけん)で産出する青田石(せいでんせき)や、福建省(ふっけんしょう)の福州市の寿山(じゅざん)から産出する石材である寿山石(じゅざんせき)などが含まれているとみられます。
桑山玉洲・桑山家使用印 全景 個人蔵 野呂介于使用印(小)
桑山玉洲・桑山家使用印 個人蔵           野呂介于使用印 個人蔵

真砂幽泉・真砂家使用印(小)
真砂幽泉・真砂家使用印 個人蔵(※写真には割れていて展示していないハンコも含まれます)


桑山玉洲が活躍していた江戸時代の中期ごろには、国産の石も印材に用いられていたようですが、きめが細かい淡緑色や乳白色の石などは、中国からの輸入印材である可能性が考えられるでしょう。
今後は、そうした点も含めて、よりくわしく調べてみたいと思っています。


ところで、本日は、こうした質問とは別に、将来、学芸員資格を取得したいという大学生から、レポート課題のための聞き取り調査として、学芸員の仕事や博物館の役割について、いくつか質問がありました。
以下は、その際の質問です。


◇今回のハンコ展の準備期間がどれくらいか?

◇展覧会を企画するきっかけとなったのは何か?

◇企画展を担当する学芸員の人数は何人?

◇ミュージアムトークをするのは担当学芸員かどうか?

◇ホームページやブログ(博物館ニュース)、ツイッターでの広報に力を入れているようだが、そうした広報は効果があるか?(来館者が増えているか?)

◇何のために、ホームページ、ブログ、ツイッターでの広報に力を入れるのか?

◇子ども用のキャプションは(デザインも含めて)学芸員が作るのか?

◇ハンコの展示に際して、鏡を使って見やすいように展示しない(あるいは、できない)のはなぜか?

◇ハンコの展示に際して、印影を置いたり、裏側のハンコの写真を置いたりというさまざまな工夫は、担当学芸員がするのか?

◇常設展のミュージアムトークをおこなわないのはなぜか?

◇博物館や担当学芸員にとって、一番つらいのは、入館者が少ないことか?


などなど…

それぞれのご質問に対して、じゅうぶんに回答できたのかどうかわかりませんが、とてもまじめに、かつ、とても大切な質問やご意見をいただきました。むしろ、こちらが勉強になりました。ありがとうございます。

あまりに重要なご意見ばかりでしたので、よくよくお話しを聞いてみると、その方は和歌山市内のご出身とのことで、小学生のときと、中学生のときに、当館の展示を見に来てくれたとのことでした。
小学生のときは、2000年春の長沢芦雪(ながさわろせつ)の展覧会。
中学生のときは、2006年春の和歌祭(わかまつり)の展覧会。
長沢芦雪の展覧会では、子ども用のキャプションやリーフレットやクイズがあり、楽しんで展示を見た記憶があるそうで、和歌祭の展覧会では、ミュージアムトークに参加して、地元にこんなお祭りと資料があるのだと知って感動したそうです。
こうした博物館の展示を見て得た感動があったからこそ、今回、この博物館ニュースを見て、今日のミュージアムトークに合わせて来てくださったとのことでした。
本当に、ありがたいことです。

博物館が日ごろから子どもたちに向かって発信している情報が、少しでも子どもたちに伝わり、その感銘を受けた子どもが、大人になって再び博物館にもどってくるという夢のような構図が、少しずつですが浸透しはじめているのだなということを実感できて、こちらもちょっと感動してしまいました。

思い返せば、私自身が、この博物館を初めて訪れたのも、その方と同じ、2000年の長沢芦雪の展覧会。偶然ですが、その時の私の境遇も、今のその方と同じ、大学生のときでした。不思議な縁のめぐりあわせです。

その方が、将来、学芸員になって、また、当館を訪れてくれる日を祈るばかりです。


さてさて、ミュージアムトークは、このように、学芸員に直接質問を投げかけることのできるチャンスです。

トークへのご参加をお待ちしております。

「ハンコって何?」トークは、残すところ、あと2回。

1月15日(日)、1月21日(土)

時間はいずれも13時30分から1時間程度を予定しています。

ぜひ、ふるってご参加ください。(学芸員 安永拓世)


企画展 ハンコって何?
和歌山県立博物館ウェブサイト

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