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コラム「偕楽園焼のハンコ」

今回のコラムは、紀伊藩10代藩主の徳川治宝(とくがわはるとみ、1771-1852)が焼かせた
偕楽園焼(かいらくえんやき)に押されたハンコについてご紹介しましょう。

ハンコは、現在でも自署の証明として押されますが、それと同じ意味で、芸術作品などの制作者がみずからの作であることを証明するという役割も担っていました。書や絵のみならず、工芸の分野でも、ハンコは制作者を示す証拠となりました。とくに陶磁器では、同じ文字や文様を繰り返し押せるというハンコの特性をいかして、焼き上げる前の柔らかい土の段階で作品にハンコを押して、「○○焼」というようなやきものの名前や制作地、さらには制作者の証しとしたのです。

紀伊藩10代藩主である徳川治宝は、文政2年(1819)、和歌山城下の南西(現在の県立和歌山工業高校付近)に別邸・西浜御殿(にしはまごてん)を築き、以後、その御殿の庭園・偕楽園(かいらくえん)で偕楽園焼(かいらくえんやき)という御庭焼(おにわやき)をおこないました。この偕楽園焼の制作や指導には、京都から表千家9代の了々斎(りょうりょうさい、1775-1825)や、表千家10代の吸江斎(きゅうこうさい、1818-60)をはじめ、楽旦入(らくたんにゅう、1795-1854)、永楽保全(えいらくほぜん、1795-1854)などの著名な陶工が招かれています。文政2年、文政10年(1827)、天保7年(1836)の少なくとも3回焼かれたことがわかっており、作品も楽焼(らくやき)系と磁器(じき)系の二つの種類があります。磁器系の作品は、文政10年に招かれた保全が制作を指導した可能性もありますが、そうした磁器系の作品がどのような窯(かま)で焼かれたかなどについては、よくわかっていません。
このように、まだまだ解明されていない点もある偕楽園焼ですが、興味深いのは、これら偕楽園焼の作品では、その制作時期や、楽焼系か磁器系かによって、押されているハンコが異なっている点です。
今回のハンコの展示では、そうした偕楽園焼に押されたハンコの違いに、あらためて注目してみました。

まずは、楽焼系の偕楽園焼から見てみましょう。
最初にご紹介するのは、文政2年(1819)制作の偕楽園焼に押されたハンコです。
偕楽園焼 白釉洲浜香合 森玄蕃作 館蔵575(小) 偕楽園焼 白釉洲浜香合 森玄蕃作 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵575(小)
偕楽園焼 白釉洲浜形香合(はくゆうすはまがたこうごう) 森玄蕃作(もりげんばさく) 和歌山県立博物館蔵

次に挙げるのは、文政10年(1827)制作の偕楽園焼に押されたハンコです。
偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 側面1 偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵572(小)
偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗(しろらくがんせつうつしちゃわん) 和歌山県立博物館蔵

文政2年の「偕楽園制」のハンコは、明らかに、文政10年の「偕楽園制」のハンコと異なっているのがわかります。
偕楽園焼 白釉洲浜香合 森玄蕃作 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵575(小) 偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵572(小)
左:文政2年  右:文政10年

文政2年の「偕楽園制」のハンコは、文字がやや縦長で、ハンコの円形の輪郭と文字との間隔が広いのですが、
文政10年の「偕楽園制」のハンコは、文字がやや横長で、ハンコの円形の輪郭と文字との間隔が狭いのが特徴です。

最後は、天保7年(1836)制作の偕楽園焼に押されたハンコです。
偕楽園焼 赤楽灰器 弥介作(軽) 偕楽園焼 赤楽灰器 弥介作 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵519(小)
偕楽園焼 赤楽灰器(あからくはいき) 弥介作(やすけさく) 和歌山県立博物館蔵

これは、文政10年の「偕楽園制」のハンコとよく似ているのがわかります。
偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵572(小) 偕楽園焼 赤楽灰器 弥介作 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵519(小)
左:文政10年  右:天保7年

ただ、文字の部分が文政10年のハンコよりも浮き出ており、文字がやや鈍くなっているようにも見えます。
今後の検討が必要ですが、ハンコをより強く押したのか、あるいは、ハンコの文字の部分が使用によって、すり減って文字が深くなったり、文字の輪郭が鈍くなった可能性なども考えられます。

いずれにせよ、このように楽焼系の偕楽園焼には、いずれも「偕楽園制(かいらくえんせい)」(陰文重郭円印(いんぶんじゅうかくえんいん))のハンコが押されていますが、作られた年代により、違いがあることがわかってきました。


一方、これとは別に、磁器系の偕楽園焼に押されたハンコを見てみましょう。
偕楽園焼 交趾写二彩寿字文大花入 館蔵98(小) 偕楽園焼 交趾写二彩寿字文大花入 「偕楽園製」(陽文無郭方印) 館蔵98(小)
偕楽園焼 交趾写二彩寿字文大花入(こうちうつしにさいじゅのじもんおおはないれ) 和歌山県立博物館蔵

磁器系の偕楽園焼に押されているのは、この「偕楽園製(かいらくえんせい)」(陽文無郭方印(ようぶんむかくほういん))のハンコのみで、制作時期による区別などはないようです。

また、楽焼系の「偕楽園制」のハンコと比べると、
偕楽園焼 白釉洲浜香合 森玄蕃作 「偕楽園制」(陰文重郭円印) 館蔵575(小) 偕楽園焼 交趾写二彩寿字文大花入 「偕楽園製」(陽文無郭方印) 館蔵98(小)
左:楽焼系(文政2年)  右:磁器系

文字も「制」と「製」の違いがあり、楽焼系と磁器系とで、明らかに区別されていることがわかります。


このように、ハンコに注目して偕楽園焼を見てみると、制作時期や種類により、ハンコが使い分けられていることが明らかになるのです。
やきもの自体や箱書(はこがき)などとともに、やきものに押されたハンコも、やきものの謎を解明するうえで、重要なヒントになるといえるでしょう。(学芸員 安永拓世)


企画展 ハンコって何?
和歌山県立博物館ウェブサイト

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