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企画展「葛城修験の聖地・中津川行者堂の文化財」主な出陳資料

中津川役行者像
役行者及び前後鬼像(えんのぎょうじゃおよびぜんごきぞう)
  中津川行者堂蔵・室町時代
 修験道の祖とされる役行者とそれに従う前鬼・後鬼です。修験道は霊山に分け入って大自然の中で厳しい修行を行い「験力(げんりき)」を身につけることを目的とする宗教です。山に籠もって修練することから行者は山伏とよばれ、また修行により験力を得ることから修験者とよびました。役行者の姿は頭巾をかぶり、蓑をまとい、山中の岩に腰をおろした姿に表しています。
 県下では数少ない中世に遡る古い役行者像であり、貴重な文化財です。

慶長13年碑伝 嘉永2年碑伝
左/慶長13年(1608)三井両峯先達捨身行者玉林坊碑伝
右/嘉永2年(1849)聖護院雄仁親王碑伝
碑伝(ひで)
  中津川行者堂蔵・江戸時代
 修行のために山に入ることを「入峯(にゅうぶ)」といいます。碑伝は、修験者が名前と入峯した年月日、あるいは入峯の回数や願文などを書き記して修行場所(行場)に納めた標識のことです。
 葛城修験では、役行者が修行したという葛城山系の峯々に設けられた行場をめぐって、友ヶ島(和歌山市加太)からスタートして、和泉葛城山、金剛山、大和葛城山、そして二上山を通って亀の瀬(奈良県王寺町・大阪府柏原市の境付近)まで歩きます。
 葛城修験の重要な行場である中津川行者堂には、江戸時代を通じてこの地を訪れた修験者の碑伝が多数残されています。これらは 江戸時代を通じて絶えることなく行われた葛城入峯の実態を具体的に跡づけることができる貴重な資料です。今回の展示では、碑伝のほか護摩札もあわせて、合計152枚を一度に展示します。
 中津川碑伝納置状況
中津川行者堂での碑伝・護摩札のこれまでの納置状況

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