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スポット展示「春のおとずれ」

博物館の所蔵品のなかから数点を取り上げて、
約1か月ごとのテーマに合わせて無料で公開する「スポット展示 季節のしつらい」。

昨年(2010年)の5月からスタートしたスポット展示については→こちらをご参照ください。


10回目を迎えた今回のテーマは
春のおとずれ
【会期:2011年2月3日(木)?3月4日(金)】

春のおとずれ展示状況(小)(画像をクリックすると拡大します)

 今年は、2月3日が旧正月(きゅうしょうがつ)。すなわち、旧暦(きゅうれき)の1月1日です。まだ寒い日々が続いていますが、よく見れば、梅の花もほころびはじめ、春のおとずれは、もうすぐそこまで来ています。現在の暦(こよみ)でいう正月は、春にはまだ早いといった印象がありますが、旧暦では、身近に春らしさを感じはじめる季節でした。
 今回は、寒さの中で春を告げる植物にまつわる資料などをご紹介します。

☆1月の異名
睦月(むつき)・初春(しょしゅん)・孟春(もうしゅん)・太簇(たいそう)・年端月(としはづき)・霞初月(かすみそめづき)・早緑月(さみどりづき)・解凍(かいとう)・開春(かいしゅん)・孟陬(もうすう)・甫年(ほねん)・子の日月(ねのひづき)

☆2月の異名
如月(きさらぎ)・仲春(ちゅうしゅん)・盛春(せいしゅん)・夾鐘(きょうしょう)・雪消月(ゆきぎえづき)・梅見月(うめみづき)・初花月(はつはなづき)・酣春(かんしゅん)・橘如(きつじょ)・令月(れいげつ)・花朝(かちょう)・木芽月(このめづき)


以下は展示資料の解説です。


?和歌懐紙 本居大平筆
 (わかかいし もとおりおおひらひつ)
和歌懐紙 本居大平筆 小(画像をクリックすると拡大します)
   1幅
   紙本墨書
   江戸時代 天保3年(1832)
   縦30.7? 横43.0?

 冒頭に「天保三年 年のはし(じ)めに」という題を据(す)え、「草も木も 冬かれゆくと みしほと(ど)に 又わかゝ(が)へ(え)り 春はきにけり」という和歌を記した書です。冬は枯れたように見えても、春になると若返ったかのように芽をつける、植物の豊かな生命力を詠(よ)んでいます。
 筆者の本居大平(もとおりおおひら、1756?1833)は、伊勢国松坂(まつさか)に生まれ、13歳で本居宣長(もとおりのりなが、1730?1801)に入門し、のちに宣長の養子となった人物です。紀伊藩の国学者(こくがくしゃ)であった宣長のあとを継ぎ、和歌山城下に住んで、藩主や藩士に国学を教えました。


?偕楽園焼 赤楽捻梅香合
 (かいらくえんやき あからくねじうめこうごう)
偕楽園焼 赤楽捻梅香合(全景)小(画像をクリックすると拡大します)
   1合
   江戸時代 文政2年(1819)
   高4.0? 口径6.6? 底径4.4?

 梅の花をねじったような捻梅(ねじうめ)と呼ばれる形をした愛らしい赤楽香合で、香合とは、茶席で炭のにおいを消すためのお香(こう)を入れる器(うつわ)のことです。上部はやや黒く発色しており、蓋(ふた)の中央の素焼きの部分に捺(お)された「偕楽園制(かいらくえんせい)」の円印から、紀伊藩10代藩主の徳川治宝(とくがわはるとみ、1771?1853)が始めた偕楽園焼(かいらくえんやき)という御庭焼(おにわやき)であることがわかります。表千家九代家元の了々斎(りょうりょうさい、1775?1825)による箱書(はこがき)には、偕楽園焼が初めておこなわれた文政2年(1819)を示す「己卯(つちのとう)」の墨書があり、最初期の偕楽園焼を知るうえでも貴重な作例です。
偕楽園焼 赤楽捻梅香合(蓋表・身内側)小 偕楽園焼 赤楽捻梅香合(蓋裏・身底)小 偕楽園焼 赤楽捻梅香合(偕楽園制銘)小
(身内側・蓋表)          (身底・蓋裏)            (「偕楽園制」印)
偕楽園焼 赤楽捻梅香合(外箱蓋表)小 偕楽園焼 赤楽捻梅香合(内箱蓋表)小 偕楽園焼 赤楽捻梅香合(内箱蓋裏)小
(外箱蓋表)      (内箱蓋表)      (内箱蓋裏)


?瑞芝焼 赤絵花鳥魁字文鉢
 (ずいしやき あかえかちょうさきがけじもんばち)
瑞芝焼 赤絵花鳥魁字文菓子鉢(全景)小(画像をクリックすると拡大します)
   1口
   江戸時代(19世紀)
   高7.0? 口径17.6? 底径6.5?

 鉢の外側に赤と緑で花と鳥の文様をあしらい、内側の中央には、「一番」を意味する「魁(さきがけ)」というおめでたい吉祥(きっしょう)文字をあらわした鉢です。こうした鉢は、中国で明(みん)時代の末期に焼かれ、日本では、特に茶席において呉州赤絵(ごすあかえ)と呼ばれて珍重されました。
 この鉢は、そうした中国の作例を写したものです。器(うつわ)の底に楕円形(だえんけい)の「瑞芝(ずいし)」という印が捺(お)されていることから、享和元年(1801)に和歌山城下の鈴丸(すずまる、現在の和歌山市畑屋敷(はたやしき)付近)の地で阪上重次郎(さかがみじゅうじろう)がはじめた瑞芝焼(ずいしやき)であるとわかります。
瑞芝焼 赤絵花鳥魁字文菓子鉢(見込)小 瑞芝焼 赤絵花鳥魁字文菓子鉢(底)小 瑞芝焼 赤絵花鳥魁字文菓子鉢(瑞芝銘)小
(内側)         (底)                 (「瑞芝」印)



参考解説
梅にまつわる意味と人物

 美術や工芸の中に登場する梅は、単に梅を表現しただけではなく、たいてい、梅にまつわるさまざまな意味が込められています。
 たとえば、まだ寒い時期に花をつける梅は、松や竹とともに、「歳寒三友(さいかんさんゆう)」と呼ばれ、逆境にめげない力強さを意味しました。また、他の花にさきがけて咲くことから、「花魁(かかい)」とも呼ばれ、春一番を告げるおめでたい花でもあったのです。
 このような梅は、中国や日本で多くの文人たちに愛好されました。とくに、林逋(りんぽ、和靖(なせい)、967?1028)という中国の詩人や、菅原道真(すがわらみちざね、天神(てんじん)、845?903)は、梅を愛したことでよく知られ、彼らの象徴として、梅が表現される場合もありました。


寒さや大雪に悩まされた今年の冬も、ようやく峠(とうげ)を越えたようで、これから、徐々に暖かくなってくるようです。
博物館の近隣の梅も、少しずつほころびはじめています。
今でこそ、お花見といえば、もっぱら桜の花見を指しますが、古くは、探梅(たんばい)などと称して、まだ寒い中で梅を見る梅見も盛んでした。
紀州は梅の一大産地でもありますし、梅は和歌山県の県花でもあります。
みなさんも、ぜひ、身近に咲く梅の花やその香りを楽しんでみてはいかがでしょうか?
今回のスポット展示は3月4日までです。(学芸員 安永拓世)

→和歌山県立博物館ウェブサイト
→これまでのスポット展示
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