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スポット展示「雪を待つ」

博物館の所蔵品のなかから数点を取り上げて、
約1か月ごとのテーマに合わせて無料で公開する「スポット展示 季節のしつらい」。

今年(2010年)の5月からスタートしたスポット展示については→こちらをご参照ください。


8回目の今回のテーマは
雪を待つ
【会期:2010年12月7日(火)?2011年1月5日(水)】

スポット展示(雪を待つ)展示状況画像(画像をクリックすると拡大します)

 気がつけば12月。今年も間もなく終わりです。年末年始の準備に忙しい時期ですが、暦(こよみ)の上でも「小雪(しょうせつ)」(今年は11月22日)や「大雪(たいせつ)」(今年は12月7日)が訪れ、寒いながらも雪が待ち遠しい季節となります。全てを白で覆(おお)いつくす美しい雪は、一方で厳しい冬の象徴でもありますが、日本の文学や美術では、古くから雪にさまざまなイメージを重ね、その白銀世界を鑑賞してきました。

☆11月の異名
霜月(しもつき)・仲冬(ちゅうとう)・盛冬(せいとう)・黄鐘(こうしょう)・霜降月(しもふりづき)・雪待月(ゆきまちづき)・露隠葉月(つゆごもりのはづき)・風寒(ふうかん)・一陽来復(いちようらいふく)・竜潜月(りょうせんげつ)・神楽月(かぐらづき)

☆12月の異名
師走(しわす)・晩冬(ばんとう)・季冬(きとう)・大呂(たいりょ)・春待月(はるまちづき)・梅初月(うめはつづき)・年積月(としつみづき)・窮冬(きゅうとう)・極月(ごくげつ)・臘月(ろうげつ)・嘉平月(かへいげつ)・三冬月(みふゆづき)



以下は展示資料の解説です。


?富士図 了々斎筆
 (ふじず りょうりょうさいひつ)
富岳図 了々斎筆 全図(画像をクリックすると拡大します)
   1幅
   紙本墨画
   江戸時代(19世紀)
   縦29.9? 横36.0?

 独特の三峰形の頂上をもつ富士山を、勢いよく一筆で描いています。右上に書かれた「白扇倒懸東海天(はくせんさかしまにかかるとうかいのてん)」とは、雪に覆(おお)われた富士山を、白い扇子(せんす)が逆さまになった様子に見立てたもので、江戸時代前期の詩人である石川丈山(いしかわじょうざん、1583?1672)の「富士山」という漢詩の一節です。
 筆者の了々斎(りょうりょうさい、1775?1825)は、表千家の9代家元で、紀伊藩10代藩主の徳川治宝(とくがわはるとみ、1771?1853)に招かれ、偕楽園御庭焼(かいらくえんおにわやき)などに参加しました。なお、軸首(じくしゅ)は紙に漆(うるし)を塗(ぬ)った一閑張(いっかんばり)で、箱書は表千家11代の碌々斎(ろくろくさい、1837?1910)がしています。
富岳図 了々斎筆 軸首裏 富岳図 了々斎筆 箱蓋裏
(軸首裏)       (箱書)



?偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作
 (かいらくえんやき おりべうつしはじきこうごう らくたんにゅうさく)
偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作 全景(画像をクリックすると拡大します)
   1合
   江戸時代 文政2年(1819)
   高4.1? 底径6.0?

 香合(こうごう)とは、茶席で、炭のにおいを消すためのお香を入れる器で、蓋(ふた)のつまみが弓形になったものを弾(はじき)香合と呼びます。
 この香合は、桃山時代から江戸時代にかけて美濃国(みののくに、現在の岐阜県南部)で焼かれた織部焼(おりべやき)をまねたものです。緑色と黄白色の釉薬(ゆうやく)の配色に、織部焼の特徴がよくあらわれています。底に「樂(らく)」と「偕楽園制(かいらくえんせい)」の印が捺(お)され、表千家9代の了々斎(りょうりょうさい、1775?1825)の箱書には「己卯」とあるため、文政2年(1819)の偕楽園御庭焼(かいらくえんおにわやき)のときに、京都の陶工である楽旦入(らくたんにゅう、1795?1854)が作ったものとわかります。
偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作 底面 偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作 底面「樂」印 偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作 底面「偕楽園制」印
(底面)         (底面「樂」印)   (底面「偕楽園制」印)
偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作 箱蓋表1 偕楽園焼 織部写弾香合 楽旦入作 箱蓋裏1
(箱書蓋表)      (箱書蓋裏)



?偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗
 (かいらくえんやき しろらくがんせつうつしちゃわん)
偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 側面1(画像をクリックすると拡大します)
   1口
   江戸時代 文政10年(1827)
   高8.2? 径9.5?

 全体に白い釉薬(ゆうやく)がたっぷりとかけられた茶碗で、岩に積もった雪のような「貫入(かんにゅう)」という釉薬のひび割れも見どころの一つです。底には「偕楽園制(かいらくえんせい)」の印が捺(お)され、表千家10代の吸江斎(きゅうこうさい、1818?60)の箱書には「丁亥冬」と記されているため、文政10年(1827)の偕楽園御庭焼(かいらくえんおにわやき)で作られたとわかります。また、吸江斎の箱書に「二代目巌雪写」とある通り、京都の陶工である楽家2代の常慶(じょうけい、??1635)が作った「巌雪(がんせつ)」という銘の茶碗を写したものです。元になった常慶の巌雪は、現在も表千家で重要な茶碗とみなされています。
偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 見込み1 偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 底面1 偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 底面「偕楽園制」印 
(見込み)       (底面)         (底面「偕楽園制」印)
偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 箱蓋表 偕楽園焼 白楽巌雪写茶碗 箱蓋裏
(箱書蓋表)      (箱書蓋裏)



参考解説
紀伊藩と表千家
 紀伊藩では、初代藩主の徳川頼宣(とくがわよりのぶ、1602?71)が表千家4代の江岑(こうしん、1613?72)を召し抱えて以来、代々、表千家の家元を藩の茶道頭(さどうがしら)としました。そのため、表千家の歴代家元は、普段は京都に住みましたが、和歌山城下では三木町(みきまち)に屋敷を賜り、必要に応じて和歌山へ出仕したのです。歴代紀伊藩主の中で、とくに茶の湯を愛好したのは、10代藩主の徳川治宝(とくがわはるとみ、1771?1852)です。治宝は、表千家9代の了々斎(りょうりょうさい、1775?1825)から免許皆伝(めんきょかいでん)を受け、幼かった10代の吸江斎(きゅうこうさい、1818?60)のために家元の免許を一時預かり、吸江斎が成長してから免許を授けました。治宝が企画した偕楽園御庭焼(かいらくえんおにわやき)にも、表千家の人脈などが重要な役割を果たしたようです。


今回のスポット展示は2011年1月5日までです。
年末年始の忙しい時期だと思いますが、ぜひ、博物館で雪をめぐる造形を通して、冬の訪れを感じてみてはいかがでしょうか。

ところで、今年も、いつの間にやら12月。
みなさん、この1年はいかがでしたか?
ほぼ1か月ごとのペースで、なるべく旧暦にあわせて展示替えをおこなってきたこのスポット展示「季節のしつらい」ですが、まだ、ようやく8回目。毎回、わずか3点ほどの館蔵品を紹介しているだけですが、作品を取り合わせる難しさを、いつもながら痛感しています…。
今年は、意外にも、このスポット展示の準備に追われる形となりましたが、来年も、このスポット展示を可能な限り続けていこうと思っています。よろしくお願いいたします。
なお、このスポット展示は、どなたでも無料でご覧いただけます。(学芸員 安永拓世)

→和歌山県立博物館ウェブサイト
→これまでのスポット展示
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