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和歌祭の屏風と振皷

今日、4月17日は、何の日かご存じですか?
今日は、江戸幕府を開いた、徳川家康(とくがわいえやす、1542?1616)が亡くなった命日です(実際に家康が亡くなったのは、太陰暦の4月17日なので、太陽暦では5月の中旬ごろ、今年は5月30日に相当します)。

紀伊藩の初代藩主となった徳川頼宣(とくがわよりのぶ、1602?71)は、家康の10男でした。元和5年(1619)に駿府(すんぷ)から和歌山へやってきた頼宣は、元和7年(1621)に和歌浦へ紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)を造営します。紀州東照宮は、家康を神としてまつる神社で、その紀州東照宮の春の祭礼が、和歌祭(わかまつり)です。和歌祭は、家康の命日にあたる4月17日におこなわれていました(現在の和歌祭は、毎年5月の中旬ごろにおこなわれています。今年の和歌祭は、5月16日です)。この和歌祭の神輿渡御(みこしとぎょ)に際して催される行列では、さまざまな芸能や仮装した行列などが、練り歩きました。

和歌祭図屏風(左隻)軽 和歌祭図屏風(右隻)軽
和歌山市指定文化財 和歌御祭礼図屏風 寛文5年(1665) 海善寺蔵
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上の絵は、その和歌祭の行列の様子を細かく描いた屏風(びょうぶ)です。和歌山市内にある海善寺(かいぜんじ)という寺院に伝えられており、海善寺は、当時の和歌山城下の有力な寺院の一つでした。画面の向かって右側の屏風の二扇目には、行列の背景に、「天下一出羽(てんかいちでわ)」の看板をかかげた人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)の舞台と、その右に能舞台(のうぶたい)が描かれています。

和歌祭図屏風(能舞台部分)軽
向かって左側の建物が人形浄瑠璃の舞台、右側が能舞台です。
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この能舞台では、当時、狂言づくしと呼ばれた現在の歌舞伎(かぶき)に相当する芸能がおこなわれました。このように、人形浄瑠璃と歌舞伎が両方同時におこなわれたことが確認できるのは、寛文5年(1665)の家康50回忌の和歌祭のときです。すなわち、この絵は、寛文5年(1665)の和歌祭の様子を描いていると考えられます。寛文5年(1665)以降、和歌祭は規模を縮小しているため、のちの時代に、寛文5年(1665)の様子を懐古的に描いた作品もありますが、この絵は、その画風などから、描かれた時期も寛文5年(1665)とほぼ同じような時期とみられる貴重な作例です。規模が縮小される以前の和歌祭の様子をうかがうことができます。
以上のような点が評価されて、この屏風は、平成20年(2008)に、和歌山市の指定文化財になりました。

ところで、こうした屏風などの絵画資料を通して、かつての和歌祭の様子が明らかになったことは、和歌祭で使われていた資料が新たに発見されるきっかけにもなりました。
そうして新発見された資料が、下の振皷(ふりつづみ)という楽器です。
振皷(軽)
振皷 江戸時代 紀州東照宮蔵
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振皷とは、舞楽(ぶがく)で使われる楽器の一種で、左手で持って、振って音を出します。子どものおもちゃにある「でんでん太鼓」と同じ原理で、太鼓に結びつけられた紐の先に粒がついており、振ると太鼓にあたって音が出るしくみです。舞楽の中では、「一曲(いっきょく)」という特定の曲目で用いられる楽器で、演奏者は、首から提げた奚婁鼓(けいろうこ)という鼓を、右手で持ったばちで打ち、左手で持った振皷を振り鳴らしながら、舞い踊ります。
この振皷は、平成20年(2008)に、紀州東照宮で博物館が調査をしていたときに、新たに発見されたものです。合わせて2口の振皷が、箱に入った状態で見つかりました。
和歌祭では、必ず舞楽が奉納されましたし、神輿渡御(みこしとぎょ)につらなる練り物行列の中には、舞楽を演奏する楽人(がくじん)たちの行列も含まれていました。また、和歌祭を描いた絵などには、しばしば振皷を持った楽人が登場するので、これも、そうした和歌祭で使われた可能性が考えられます。上でご紹介した屏風にも、この振皷を持った楽人が登場しています。
和歌祭図屏風(楽人部分)
この楽人が左手(向かって右側の手)に持っているのが振皷です。
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ただ、この振皷そのものの制作時期は、和歌祭が始まった時期よりもやや時代が下る、江戸時代の後期ごろのものとみられます。江戸時代の後期に紀伊藩10代藩主となった徳川治宝(とくがわはるとみ、1771?1852)は、舞楽を好み、楽器を集めたり作らせたりしたことが知られていますので、こうした時期にあらためて作られて、奉納されたものなのかもしれません。今後のさらなる研究が待たれます。

ところで、和歌山県立博物館では、この和歌祭を大きく取り上げた展覧会を、平成18年(2006)に開催しました。上の屏風が和歌山市指定文化財に指定され、振皷が発見されたのは、その2年後です。当館の展覧会にかかわる調査や研究が、指定文化財という形で実を結び、かつ、その後の調査でさらなる新発見が得られた、よい例といえるでしょう。

なお、和歌祭について、もっとくわしく知りたい方は、和歌山県立博物館発行の図録『和歌祭―祭を支えた人々、祭に込めた思い―』(和歌山県立博物館、2006年)をご参照ください。博物館のミュージアムショップでも販売しております。(学芸員 安永拓世)


企画展 「新発見・新指定の文化財」
和歌山県立博物館ウェブサイト


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