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コラム「葛城修験の聖地・中津川行者堂の役行者像」

コラム「葛城修験の聖地・中津川行者堂の役行者像」 日本では古くから、高い山や険しい山、美しい山などは神々が宿る神聖な場所であると考えられた。山を聖地とみなすこうした信仰を元にして、仏教や道教の教えも影響してかたちづくられた宗教の枠組みが修験道(しゅげんどう)である。 修験道では、霊山に分け入って修行し、大自然の中で心身を浄化し、そして再生して、超自然的な力である験力(げんりき)を身につけることを目的と...

急行大和号のサボ-和歌山と東京を結ぶ寝台列車-

和歌山県立博物館友の会マイミュージアムギャラリー第25回展示 「急行大和号のサボ-和歌山と東京を結ぶ寝台列車-」【出 陳 者】 松山 義一【展示期間】 平成23年6月21日(火)~8月6日(土)【出陳資料】 サボ(昭和時代)【資料をめぐる思い出】「これは、寝台列車の急行大和号のサボ(列車行先標)です。片面に「東京行」、もう片面に「和歌山市行」とあります。 大和号は和歌山と東京を結ぶ寝台列車で、和歌山市駅を発着...

図録「葛城修験の聖地・中津川行者堂の文化財」!

 企画展「葛城修験の聖地・中津川行者堂の文化財」の開催に合わせ、同名の図録を、和歌山県立博物館友の会から発行いたしております。 14ページ、オールカラー、一冊300円です。 見どころは、中津川行者堂に伝来した、江戸時代の碑伝(※1)と護摩札(※2)など152枚について、全点を翻刻した一覧表です。資料の情報を共有化することで、葛城修験の研究や実践、地域史研究などにご活用いただきましたら幸いです  ※1「碑伝」...

日進中学校から職場体験に来てくれました

 和歌山市立日進中学校の2年生2人が、6月9日(木)から10日(金)までの2日間、職場体験学習に来てくれました。初日は、まず博物館の仕事を簡単に説明し、館内の施設をみてもらいました。 11日(土)から始まる企画展「葛城修験の聖地・中津川行者堂の文化財」の展示替え作業の見学、収蔵庫への資料の搬入作業の補助などを行ってもらいました。その後、守衛室や中央監視室も見学し、それぞれ担当の人から説明を受けました。   企...

ロビー展「さわってみよう!役行者と二匹の鬼」

ロビー展「さわってみよう!役行者と二匹の鬼」 平成23年6月11日(土)~7月18日(月・祝) 会場:和歌山県立博物館ロビー 午前9時30分~午後5時 無料(ただし、常設展示室・企画展示室へ入室される場合は入館料が必要)  和歌山県立博物館では、視覚に障害のある方にも展示をお楽しみいただくために、県立和歌山工業高校の協力を得て、触ることができる資料の作製を昨年度から進めています。 今回、企画展「葛城修験の...

染織品の魅力を伝えること―展示と図録写真の両方を通して―

「華麗なる紀州の装い」展は、当館でもめずらしい染織品を中心とした展覧会です。染織品は、日本の文化財の中でも、もっとも傷みやすいものの一つであるため、染織品ばかりを集めた展覧会をするのは、なかなか難しい現状にあるといえるでしょう。というのも、染織品の劣化や色あせを防ぐために、通常の展覧会よりも、光の量を少なくしなければなりませんし、また、展示できる日数にも制限があります。このような、さまざまな制限や...

ミュージアムトーク5回目(華麗なる紀州の装い)

本日、6月4日は、特別展「華麗なる紀州の装い」の5回目のミュージアムトーク(展示解説)がおこなわれました。この展覧会のトークは今回が最後で、会期も残すところあと1日ということもあり、20人ほどの方々にご参加いただきました。ありがとうございます。トークの風景はこんな感じです。 トークを通じて、どれほど染織品の魅力を伝えられたのかわかりませんが、染織品にこめられた人々の思いや、細かい技法、さらには、和歌山の...

盗難被害を受けた中津川行者堂の仏像

【盗難の被害を受けた中津川行者堂の文化財】 これらの文化財の所在情報についてご存じのことがありましたら、和歌山県立博物館へご連絡下さい。 (電話:073-436-8670 FAX:073-423-2467 E-mail:admin@hakubutu.wakayama-c.ed.jp 担当 大河内)左/前鬼像(未発見) 中/役行者像(平成23年5月19日所在確認) 右/後鬼像(未発見)役行者及び前後鬼像(えんのぎょうじゃおよびぜんごきぞう)  役行者像(中)像高95.3㎝  ...

企画展「葛城修験の聖地・中津川行者堂の文化財」主な出陳資料

役行者及び前後鬼像(えんのぎょうじゃおよびぜんごきぞう)  中津川行者堂蔵・室町時代 修験道の祖とされる役行者とそれに従う前鬼・後鬼です。修験道は霊山に分け入って大自然の中で厳しい修行を行い「験力(げんりき)」を身につけることを目的とする宗教です。山に籠もって修練することから行者は山伏とよばれ、また修行により験力を得ることから修験者とよびました。役行者の姿は頭巾をかぶり、蓑をまとい、山中の岩に腰をお...

コラム「和歌祭の舞楽装束」

和歌祭(わかまつり)は、和歌浦に紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)が建てられた翌年の元和8年(1622)に始まった紀州東照宮の春の祭礼です。紀州東照宮にまつられている徳川家康(とくがわいえやす、1542~1616)の命日にあたる4月17日におこなわれていました。この和歌祭では、多くの行列とともに雅楽(ががく)を演奏する楽人行列(がくじんぎょうれつ)が参加し、舞楽が奉納されましたが、実は、和歌祭の成立当初から楽人...

コラム「南蛮服飾の装飾性と実用性」

南蛮服飾とは、桃山時代から江戸時代初期にかけて日本へ渡来した外国人である南蛮人(なんばんじん)の服飾(西欧服飾)の影響を受けて、日本で流行した服飾様式のことです。その特徴としては、体の線にあわせて自由な形で裂(きれ)を切り出していく曲線裁断(きょくせんさいだん)や、高い立襟(たちえり)、襟部の装飾、太ももから膝(ひざ)にかけての部分に広い裂を用いたズボン状の衣服、ボタンやボタンを留めるループの使用...

コラム「紀州東照宮における宝物の伝来と台帳」

紀伊藩初代藩主の徳川頼宣(とくがわよりのぶ、1602~71)は、徳川家康(とくがわいえやす、1542~1616)の10男として慶長7年(1602)に伏見城で生まれました。家康晩年の子であったため、家康からことのほか愛され、慶長8年(1603)には、わずか2歳で水戸(みと、現在の茨城県水戸市)20万石を与えられましたが、実際には、水戸へ入らず、家康とともに伏見城や江戸城で過ごしました。慶長11年(1606)に、家康とともに京都へ上り...

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