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コラム 紀伊藩主をめぐる文雅(3) 李梅溪の父母状

画像クリックで拡大します。父母状 李梅溪筆 個人蔵李梅溪の父母状 紀伊藩では、藩主自身が文化的な活動を積極的におこなったのみならず、最新の学問や芸術をいち早く取り入れるため、多くの人材を集めました。そうした人々の中には、紀伊藩内の出身者のほか、朝鮮出身の人物や、京都で活躍していた著名人なども含まれており、全国各地から優れた人材を登用したことがうかがえます。 たとえば、李真栄(りしんえい、1571?1633...

ポケットサイズの展覧会カレンダー作成しました。

 画像クリックで拡大します。 ポケットサイズの平成20年度展覧会カレンダーを作成しました。年度の途中ですが、4月・5月と相次いで、ご来館者からこういったものが欲しいとのご意見を頂きましたので、館として急遽必要性を認識し、製作したものです。B5半分のサイズを4つ折りにしていて、ポケットにも、財布にも入る大きさです。 皆様のお手元に、博物館の情報が詰まったカレンダー、お一ついかがですか?(学芸員大河内智之...

コラム 紀伊藩主をめぐる文雅(2) 徳川治宝が描いた孔雀

 画像クリックで拡大します。牡丹孔雀図 徳川治宝筆 長保寺蔵紀伊藩十代藩主・治宝が描いた孔雀 紀伊藩十代藩主の徳川治宝(はるとみ、1771?1853)は、紀伊藩八代藩主の徳川重倫(しげのり、1746?1829)の次男で、幕府の十代将軍・徳川家治(いえはる、1737?86)の養女と結婚しました。将軍家との結びつきが強かったためか、藩政では絶大な権力をにぎったようですが、その一方、歴代の紀伊藩主の中で、最も文化や芸術に造詣が深く、み...

牛馬童子像、破壊される

  画像クリックで拡大します。 この画像は博物館の2階、屋外展示場に展示している牛馬童子像のレプリカです。実物は、田辺市中辺路町近露の、熊野古道・箸折峠の頂上部に安置され、熊野古道のシンボルとして著名です。世界遺産を構成する資産の一つです。 牛馬童子像は、像高55.2?、その脇に安置されているよく似た表現の役行者像に明治24年(1891)、尾中勝治の銘があり、その頃に作られたものと見られます。いつのころから...

コラム 紀伊藩主をめぐる文雅(1) 家康の遺宝と頼宣

 画像クリックで拡大します。重要文化財 太刀 銘 安綱 附 糸巻太刀拵 (紀州東照宮蔵)家康の遺宝と頼宣 紀伊藩の初代藩主となった徳川頼宣(よりのぶ・1602?71)は、徳川家康(1542?1616)の十男で、晩年になってからの子であったため、家康からとくに愛され、幼少より駿河(現在の静岡県)の家康のもとで育てられました。12歳で大坂冬の陣に初陣し、その後、水戸(現在の茨城県)や駿河に領地を与えられています。家康が亡くなっ...

奇跡の仮面展準備中 ずらり並んだ面々!

  企画展「奇跡の仮面、大集合!」の図録用画像撮影のため、先日紀州東照宮より借用した仮面群を和歌山大学ミュージアムボランティアの手を借りて、ずらりと並べてみました。・・・壮観。 展示ではこれらの仮面だけでなく、近年奉納され使用されている仮面約40面も展示。併せて140面ほどの仮面が、展示室に大集合します。ぜひこの機会をお見逃しなく!(学芸員大河内智之)...

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