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激動の時代を生き抜いた渥美家

 今日(12日)、5回目のミュージアムトークを行いました。13人の参加がありました。 トークはこんな感じです。   渥美家は、初め今川義元(いまがわよしもと、1519~60)に仕え、のち徳川家康(1542~1616)に召し抱えられました。 渥美源五郎家系譜(15) 和歌山県立文書館蔵 初代勝吉は天正2年(1574)長篠(ながしの)の戦いや慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで、家康軍の一員として活躍し、元和元年(1615)頼宣に付け...

10代藩主徳川治宝と側近の家臣たち

 今日(28日)、4回目のミュージアムトークを行いました。33人の参加がありました。 トークはこんな感じです。  寛政元年(1789)、徳川治宝(とくがわはるとみ、1771~1853)は19歳で紀伊藩10代藩主となりました。 治宝は、中・下級家臣を抜擢(ばってき)し、従来の家老ら門閥(もんばつ)派を中心とした藩政の流れを変えようとするとともに、文雅(ぶんが)を楽しむ政策も行いました。 一方で、治宝が藩主になったこ...

東照宮に集う藩主と家臣たち

 今日(22日)、3回目のミュージアムトークを行いました。40人の参加がありました。 トークはこんな感じです。 3 東照宮に集う藩主と家臣たち 元和7年(1621)紀伊藩初代藩主となった徳川頼宣(とくがわよりのぶ、1602~71)は、父である徳川家康(1542~1616)を祭る東照宮を和歌浦に勧請しました。普請奉行を勤めた安藤直次・彦坂光政を始め、重臣たちは石灯籠を奉納し、藩主と家臣とが一体となって紀州東照宮が造営さ...

2回目のミュージアムトークを行いました。

今日(14日)、2回目のミュージアムトークを行いました。26人の参加がありました。トークはこんな感じです。 2 和歌山城下町と武家屋敷 戦国時代、和歌山は鷺森(さぎのもり)の真宗道場(現、鷺森別院)を中心に、寺内町としての発展を遂げました。その後、天正13年(1585)の羽柴秀吉(はしばひでよし、1537~98)による紀州攻めの後、紀伊国を支配する拠点として和歌山城の築城が始まり、城を中心とする城下町が形成される...

1回目のミュージアムトークを行いました

今日(8日)、1回目のミュージアムトークを行いました。16人の参加がありました。トークはこんな感じです。 今回の企画展「紀伊徳川家の家臣たち」では、これまで和歌山県立博物館が行ってきた展覧会を通じて明らかになった紀州東照宮に奉納された紀伊徳川家ゆかりの資料や家臣の子孫の方から寄せられた情報で所在が明らかになった家臣伝来の資料などを通じて、紀伊徳川家や家臣たちの実像に迫ります。とくに今回は、徳川家康以...

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