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染織品の魅力を伝えること―展示と図録写真の両方を通して―

「華麗なる紀州の装い」展は、当館でもめずらしい染織品を中心とした展覧会です。染織品は、日本の文化財の中でも、もっとも傷みやすいものの一つであるため、染織品ばかりを集めた展覧会をするのは、なかなか難しい現状にあるといえるでしょう。というのも、染織品の劣化や色あせを防ぐために、通常の展覧会よりも、光の量を少なくしなければなりませんし、また、展示できる日数にも制限があります。このような、さまざまな制限や...

ミュージアムトーク5回目(華麗なる紀州の装い)

本日、6月4日は、特別展「華麗なる紀州の装い」の5回目のミュージアムトーク(展示解説)がおこなわれました。この展覧会のトークは今回が最後で、会期も残すところあと1日ということもあり、20人ほどの方々にご参加いただきました。ありがとうございます。トークの風景はこんな感じです。 トークを通じて、どれほど染織品の魅力を伝えられたのかわかりませんが、染織品にこめられた人々の思いや、細かい技法、さらには、和歌山の...

コラム「和歌祭の舞楽装束」

和歌祭(わかまつり)は、和歌浦に紀州東照宮(きしゅうとうしょうぐう)が建てられた翌年の元和8年(1622)に始まった紀州東照宮の春の祭礼です。紀州東照宮にまつられている徳川家康(とくがわいえやす、1542~1616)の命日にあたる4月17日におこなわれていました。この和歌祭では、多くの行列とともに雅楽(ががく)を演奏する楽人行列(がくじんぎょうれつ)が参加し、舞楽が奉納されましたが、実は、和歌祭の成立当初から楽人...

コラム「南蛮服飾の装飾性と実用性」

南蛮服飾とは、桃山時代から江戸時代初期にかけて日本へ渡来した外国人である南蛮人(なんばんじん)の服飾(西欧服飾)の影響を受けて、日本で流行した服飾様式のことです。その特徴としては、体の線にあわせて自由な形で裂(きれ)を切り出していく曲線裁断(きょくせんさいだん)や、高い立襟(たちえり)、襟部の装飾、太ももから膝(ひざ)にかけての部分に広い裂を用いたズボン状の衣服、ボタンやボタンを留めるループの使用...

コラム「紀州東照宮における宝物の伝来と台帳」

紀伊藩初代藩主の徳川頼宣(とくがわよりのぶ、1602~71)は、徳川家康(とくがわいえやす、1542~1616)の10男として慶長7年(1602)に伏見城で生まれました。家康晩年の子であったため、家康からことのほか愛され、慶長8年(1603)には、わずか2歳で水戸(みと、現在の茨城県水戸市)20万石を与えられましたが、実際には、水戸へ入らず、家康とともに伏見城や江戸城で過ごしました。慶長11年(1606)に、家康とともに京都へ上り...

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