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コラム「日光社と湯川川流域の仏教文化」

コラム「日光社と湯川川流域の仏教文化」 有田川町最奥の地、有田川町上湯川の日光山(標高1110m)の山中に、江戸時代まで日光社という神社がありました。最も盛えたころには多数の建物があったようですが、明治時代に廃絶し、現在は小さな祠が再建されています。祭られた神様の名前をはじめ不明なことが多い謎の神社ですが、そのかつての景観を示す貴重な資料として日光社参詣曼荼羅(和歌山県指定文化財)が残されています...

コラム「安楽寺多宝小塔と胎蔵界大日如来坐像-高野山の宗教シンボル-」

コラム「安楽寺多宝小塔と胎蔵界大日如来坐像―高野山の宗教シンボル―」 有田川町二川の安楽寺に伝来する安楽寺多宝小塔は、総高209.5㎝を計る、南北朝時代(14世紀)に建立された優美な姿を見せる小さな建造物で、重要文化財に指定されています。この塔が納められている収蔵庫の改修にあわせて平成27年度より修理が施され、このたび無事竣工を迎えました。 修理前の安楽寺多宝小塔の初層部は、正面中央に扉構えがあるのみのシン...

「古今年代記」を読む(2)―比井廻船のはじまり―

前回に引き続いて「古今年代記」を読んでみます。「古今年代記」には、比井廻船の始まりについても記されています。(本文)一比井ニ廻船ノ始リハ、宝永六己丑年比、摂州 西ノ宮浦へ入込、夫より次第廻船相増候、夫迄ハ大坂 ニ而仕立申候舟ハ〈中ノ松次郎茂太夫ノ船/西田覚大夫ノ明虎丸〉三艘歟候処、 宝永六年ニ西宮ニ酒屋余程出来〈伊丹ヲ見習/酒造初申候由〉 樽積問屋も初り申候ニ付、〈此時問屋とハ不申/支配と申候而掛...

「古今年代記」を読む―比井浦の宝永4年の津波被害―

今回からは、日高町の比井浦に関わる記録「古今年代記」を読みたいと思います。 「古今年代記」は、比井浦で廻船業を営んでいた村上家に残されていた古文書で、天正13年(1585)から寛政2年(1790)ごろまでの比井浦の歴史を記したものです。比井浦内の寺社・祭礼、地名の由来、火事などの事件、宝永の津波、歴代庄屋などのことが記されています。今回取り上げる内容は、前々回・前回に引き続き宝永4年(1707)の...

「広浦大波戸再築記録」を読む-災害からの復興-

今回も広浦の記録を読みましょう。ただ史料は「広浦大波戸再築記録」(広川町教育委員会蔵)に替わります。この記録は、宝永4年(1707)の津波で被災した広浦の復興計画を記したもので、波戸場を修築することで廻船の寄港を促し、広浦を昔のように繁栄させようと目指したものでした。(本文)一広・湯浅両村者、御城下より南江取、御国内之 商内場所ニ候得共、三里之入海ニ而船懸り湊無之 候故、他国諸廻船繋場を恐レ入船無...

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