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コラム「野呂介石の生涯」10

今日は、コラム「野呂介石の生涯」の10回目です。今回で、野呂介石展にかかわるコラムは最終回ですし、展覧会も今日が最終日です。担当者としても、明日になれば、これらの作品が全て箱に収められご所蔵者の元へ帰って行くのかと思うと、その感慨はひとしおです。これだけの介石の作品が、一堂に集う機会も本当に少ないと思います。ぜひ、展覧会の会場へもお越し下さい。10 没後―その評価と門流(もんりゅう) (画像クリックで...

野呂介石展、最後のミュージアムトーク

本日は、野呂介石展の最後のミュージアムトークが開催されました。昨夜から今朝にかけては冷たい雨が降ったのですが、午後からは日が差して、暖かい日和となりました。野呂介石展も今日と明日で終了ということもあってでしょうか、ミュージアムトークへの参加者は20名と、前回よりはかなり盛況なトークとなりました。  (トークの風景はこんな感じです)後期展示のミュージアムトークは2回目だったのですが明日までで展覧会も...

コラム「野呂介石の生涯」9

今日は、コラム「野呂介石の生涯」の9回目です。9 晩年―藩主のお褒(ほ)め「山色四時碧(さんしょくしじへき)」(画像クリックで拡大します)王維画訣図巻(おういがけつずかん) 野呂介石筆 文政2年(1819) 個人蔵 文政2年(1819)2月、和歌山城下の西郊(現在の県立和歌山工業高校付近)に、紀伊藩10代藩主の徳川治宝(とくがわはるとみ、1771-1852)が築かせた「西浜御殿(にしはまごてん)」と呼ばれる別邸が完成しまし...

コラム「野呂介石の生涯」8

今日は、コラム「野呂介石の生涯」の8回目です。8 指導―次世代の文人画家や弟子たちとの交流(画像クリックで拡大します)泉石嘯傲図(せんせきしょうごうず) 野呂介石・阪上梅圃ほか筆 文政4年(1821) 和歌山県立博物館蔵 文化年間(1804-18)の中期ごろにかけて、穏やかで温雅な独自の画風を確立していった介石は、次第に全国的にも名を知られるようになりました。当時の介石は、池大雅(いけのたいが、1723-76)の高...

博物館講座開催!

今日は、現在当館で開催中の特別展「野呂介石―紀州の豊かな山水を描く―」の博物館講座が開催されました。昨日の夜あたりからずいぶん寒くなり今朝もかなり冷え込んだのですが今日は、NHKの「日曜美術館」アートシーンで野呂介石展が紹介されたこともあってでしょうか思っていたよりも多くのご来館者とご参加者に恵まれました。講座は37人のご参加者がありました。みなさまお忙しい中、ありがとうございました。 (会場の風景...

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