fc2ブログ

Latest Entries

けんぱくこどもゼミ・第1~3回中止のお知らせ

けんぱくこどもゼミは、新型コロナウイルス感染症の拡大状況を鑑み、
1月30日(日)、2月6日(日)、2月13日(日)の各回につきましては
中止いたします。

それ以降の開催につきましては、改めて決定のうえ、
参加申込者に電話にて連絡します。

スポット展示「赤坂離宮邸内営繕関係図面―紀伊徳川家江戸中屋敷赤坂邸から赤坂御用地へ―」(12/4~1/23)

スポット展示
赤坂離宮邸内営繕関係図面
―紀伊徳川家江戸中屋敷赤坂邸から赤坂御用地へ―

会期:令和3年(2021) 12月4日(土)~令和4年(2022)1月23日(日)
会場:和歌山県立博物館 2階学習室スポット展示コーナー

 寛永9年(1632)に、紀伊徳川家初代頼宣(よりのぶ)が拝領して以来、紀伊徳川家の中屋敷であった赤坂邸は、慶応4年(1868)に徳川宗家に貸与され、さらに明治6年(1873)には皇室に献上されて、現在の赤坂御用地(赤坂離宮、東宮御所)として引き継がれました。明治6年5月5日の皇居炎上ののち、明治21年(1888)の皇居新宮殿が完成するまでは、太政官布告により赤坂離宮が皇居と定められていました。
 当館所蔵のこの絵図群は、明治時代中期の赤坂離宮に関するもので、表紙に捺されている朱印により、宮内省の部局である内匠寮(ないしょうりょう)旧蔵のものと分かります。全体は大きく二種類に分けられ、一つは観菊会(かんぎくかい)に関するもの、もう一つは離宮内の設備に関するものです。観菊会に関する図面は、表紙は付けずに表題を直接本紙裏に記して、観菊会の際に設営される仮設設備を淡彩で詳細に描いています。観菊会は宮中の年中行事として、明治13年(1880)以降昭和初期まで毎年開催されているもので、現在の春秋の園遊会の前身です。後者には朱色の表紙が付けられ、表題の中には明治34年(1901)の年紀も確認できます。赤坂離宮内の建物の工事・営繕図面として用いられたものとみられ、その内部の間取りまで詳細に把握することができます。
 西洋のガーデン・パーティーを模した立食形式の宴である観菊会は、大名庭園における園遊が形を変えて復活したものとみられ、敷地の範囲を含め、紀伊徳川家江戸中屋敷庭園の持つ性格が、それほど変質しないで近代に引き継がれたのではないかと考えられます。なお江戸時代にはすでに赤坂邸内の「菊畑」で菊が栽培されていたことが他の資料(当館所蔵「赤坂庭園五十八勝図」)からもうかがえます。

DSC_2850.jpg

ロビー展 さわって学ぶわかやまの歴史 ―さわれるレプリカとさわって読む図録―

ロビー展
さわって学ぶわかやまの歴史
―さわれるレプリカとさわって読む図録―


 和歌山県立博物館は、県内に伝わった豊富な文化財を後世に伝えるため、県ゆかりの文化財を積極的に収集・保管・調査・展示し、その成果を広く普及する事業を行っています。そうした中で、視覚に障害がある方の博物館利用に際しては、合理的配慮のもと、正確に情報を提供するため、最新の技術を活用して、さまざまなさわれる資料を用意しています。
 3Dプリンターを活用したさわれる文化財レプリカは、県立和歌山工業高等学校・和歌山大学教育学部と連携して制作し、特殊な透明盛り上げ印刷によるさわって読む図録は県立和歌山盲学校と連携して制作しています。従来の博物館では情報を届けることが難しかった、視覚に障害がある方への支援ツールとして制作することで、だれもが自由にさわり、感覚的に情報を入手し、楽しく分かりやすい資料を作り上げることができました。こうした全国の博物館・美術館に先駆けた博物館展示のユニバーサルデザイン化の取り組みに対しては、平成26年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰において、内閣総理大臣表彰が授与されています。
 紀の国わかやま文化祭2021の特別連携事業として、そして現在開催中の特別展「きのくにの名宝」の連携展示として、このさわれる文化財レプリカと、さわってむ図録を紹介し、視覚に障害がある方の博物館利用の促進とともに、博物館展示のユニバーサルデザイン化を進める和歌山県の最先端の取り組みをご紹介します。

 主  催 和歌山県立博物館
 会  期 令和3年(2021)10月30日(土)~11月23日(火・祝) 
 会  場 和歌山県立博物館エントランスホール
 開館時間 午前9時30分~午後5時
 休 館 日 毎週月曜日(ただしふるさと誕生日の11月22日(月)は開館)
 入 館 料 無料(ただし開催中の特別展の観覧に際しては入館料が必要です)

展示内容
①さわって学ぶ 仏像の基礎知識
薬師如来坐像 原資料は平安時代、薬師寺(紀の川市)蔵
釈迦如来坐像 原資料は南北朝時代・貞和3年(1346)、海雲寺(海南市)蔵
菩薩形坐像 原資料は平安時代、林ヶ峰観音寺(紀の川市)蔵
滝尻金剛童子立像 原資料は平安時代、滝尻王子宮十郷神社(田辺市)蔵
愛染明王立像 原資料は江戸時代、円福寺(紀の川市)蔵
阿弥陀如来坐像 原資料は平安時代、花坂観音堂(高野町)蔵
仏頭 原資料は平安時代、横谷区茶所(紀の川市)蔵

②さわって学ぶ 神像の基礎知識
高野明神立像 原資料は平安時代、槙尾山明神社(九度山町)蔵
白鬚明神坐像 原資料は平安時代、槙尾山明神社(九度山町)蔵
女神坐像 原資料は平安時代、三谷薬師堂(かつらぎ町)蔵
丹生明神坐像 原資料は鎌倉時代、三谷薬師堂(かつらぎ町)蔵
僧形神坐像 原資料は南北朝時代・正平11年(1356)、安楽寺(日高川町)蔵
童子形神坐像 原資料は南北朝時代・正平11年(1356)、安楽寺(日高川町)蔵
権大明神立像 原資料は江戸時代、大国主神社(紀の川市)蔵

③手で見る、手で知る、和歌山の歴史―さわって読む図録―
『仮面の世界へご招待-さわって学ぶ和歌祭-』(2011年1月発行)
『きのくにの祈り-さわって学ぶ祈りのかたち-』(2012年3月発行)
『未来へ伝える私たちの歴史-文化財を守るために-』(2013年3月発行)
『文化財の魅力発見!-歴史を守り伝える-』(2014年3月発行)
『世界遺産・高野山の歴史-弘法大師と密教の聖地-』(2015年3月発行)
『絵でたどる熊野信仰の歴史』(2016年3月発行)
『さわって学ぶ 仏像の基礎知識』(2017年3月発行)
『道成寺縁起―絵巻でたどる物語―』(2018年3月発行)
『さわって読み解く 那智参詣曼荼羅』(2019年3月発行)
『さわって学ぶ 神像の基礎知識』(2020年3月発行)
『粉河寺縁起―手で読む神秘の物語―』(2021年3月発行)

IMG_3518.jpg

IMG_3517.jpg


マイミュージアムギャラリー第50回展示「山越えて ―受け継がれる用具と書―」

和歌山県立博物館マイミュージアムギャラリー
第50回展示 「山越えて―受け継がれる用具と書―」
【出 陳 者】 清水 咲衣
【展示期間】 令和3年8月11日(水)~10月3日(日)
【出陳資料】 書道用具・若山牧水和歌墨書


【資料をめぐる思い出】
「これは、小学生の頃使用していた書道用具と、高校の卒業制作で書いた作品です。
 書道用具は母から譲り受けたもので、硯は使い込まれ、筆置きもなく洗濯挟みで代用しています。それでも達筆な母と同じ道具を使えることが嬉しく、愛用していました。
 高校生になって書道部に入り本格的に行書に挑戦しました。卒業制作に何を書くか悩み、先輩の作品を見ていると、「山越えて」から始まる若山牧水の和歌がありました。工夫して、かすかに聞こえる「遠鳴りの風」を、墨の濃淡を生かして表現しています。仕上げに、高校一年生の時に作った落款印を捺し、苦労して自ら裏打ちも行いました。私の書道歴の集大成です。」
第50回web用
画像クリックで拡大します。

※今回の展示は令和3年度博物館実習生が作製しました。

マイミュージアムギャラリー第49回展示「夢と希望の聖火ランナー」

和歌山県立博物館マイミュージアムギャラリー
第49回展示 「夢と希望の聖火ランナー」
【出 陳 者】 山本 哲生
【展示期間】 令和3年7月6日(火)~7月11日(日)・7月17日(土)~8月8日(日)
【出陳資料】 トーチ・ランナーユニフォーム(21世紀)


【資料をめぐる思い出】
「令和3年4月10日、念願の聖火ランナーとして走った際に使ったトーチとユニフォームです。岩出市の県植物公園緑化センター前の200メートル、あっという間の2分間でした。
 青少年教育に長く関わり、今は児童相談所に勤めています。入所してくる子どもたちの目は生気を失っており、夢と希望を持つ大事さを話していますが、そんな子どもたちに夢が叶うことを伝えようと、NTTの聖火ランナー募集に応募し選出されました。直前に人工股関節を入れる手術を行っていて、リハビリと、1年の延期を乗り越えての本番は、最高の晴れ舞台でした。
 復興五輪の本物のトーチを手にして、きらきらした目で感動してくれる子どもたちに、これからもこの経験を伝えていきたいと思います。」
DSC_9932.jpg


企画展「聖地の風景―寺社絵図の世界―」参考文献一覧

企画展「聖地の風景―寺社絵図の世界―」展示資料について、
参考文献・掲載図版・解説の情報をご紹介しておきます。
詳しくお知りになりたいかたは、そちらもあわせてご参照ください。

1 高野山及び周辺図
日野西真定編『高野山古絵図集成』(清栄社、1983年)
日野西真定編『高野山古絵図集成解説索引』(タカラ写真製版株式会社、1988年)
和歌山県立博物館編『弘法大師と高野参詣』(和歌山県立博物館、2015年)

2 高野山細見大絵図
高野山細見大絵図(館蔵品1114)
高野山大学図書館、日野西真定氏所蔵のものが、下記に掲載。
日野西真定編『高野山古絵図集成』(清栄社、1983年)
日野西真定編『高野山古絵図集成解説索引』(タカラ写真製版株式会社、1988年)
大津美月「高野山古絵図の研究―高野山大学所蔵本を中心として―」『密教学会報』49号、2011年)
高野山大学図書館編『高野山大学図書館善本叢書 第三巻 高野山大学図書館所蔵 高野山古絵図集成』(高野山大学、2020年)

3 幡掛松幷鎌八幡図絵馬
幡掛松幷鎌八幡図絵馬(館蔵品814)

4 粉河寺四至伽藍図写
粉河寺四至伽藍図(館蔵品1139)
和歌山県立博物館編『国宝粉河寺縁起と粉河寺の歴史』(和歌山県立博物館、2020年)

5 粉河寺本堂指図
6 粉河寺境内略図
7 粉河寺境内図
8 粉河寺大門指図

 → ナシ(初公開か)
ただし『重要文化財 粉河寺大門 修理工事報告書(本文編)』(和歌山県、2002年)に粉河寺が所蔵する関連絵図(藤井・中山方衆座文書の原図か)が掲載される。

9 延宝五年庁之絵図写
東京学芸大学日本中世史研究会編『紀伊国荒川荘調査報告』Ⅱ(東京学芸大学日本中世史研究会、1993年)
和歌山県立博物館編『京都安楽寿院と紀州あらかわ』(和歌山県立博物館、2010年)

10 嘉永五子年神納之時諸所建物五拾歩壱之図
東京学芸大学日本中世史研究会編『紀伊国荒川荘調査報告』Ⅱ(東京学芸大学日本中世史研究会、1993年)
和歌山県立博物館編『京都安楽寿院と紀州あらかわ』(和歌山県立博物館、2010年)
和歌山県立博物館編『高野山麓 祈りのかたち』(和歌山県立博物館、2012年)

11 根来寺境内絵図
根来寺境内絵図(館蔵品812)
真義真言宗総本山根来寺・根来寺文化研究所編『根来寺の歴史と文化財』(真義真言宗総本山根来寺・根来寺文化研究所、2009年)
和歌山県立博物館編『京都安楽寿院と紀州あらかわ』(和歌山県立博物館、2010年)

12 和歌浦図屛風
和歌浦図屛風(館蔵品928)
和歌山大学紀州経済史文化史研究所編『増補・改訂版 みる・きく・たのしむ 和歌祭』(和歌山大学紀州経済史文化史研究所、2012年)

13 雲蓋院御霊屋惣図
 → ナシ
ただし、『南紀徳川史』16に別の雲蓋院御霊屋の図が3点掲載。

14 紀州名草郡紀三井山護国院金剛宝寺境内図
紀州名草郡紀三井山護国院金剛宝寺境内図(館蔵品263)
※和歌山市立博物館所蔵のものが、和歌山市立博物館編『和歌浦―その景とうつりかわり―』(和歌山市立博物館、2005年)に掲載

15 南紀男山焼 染付名草晩潮図大皿
文化遺産オンライン(南紀男山焼 染付名草晩潮図大皿)
和歌山県立博物館編『きのくにの歴史と文化 和歌山県立博物館館蔵品選集』(和歌山県立博物館、2004年)

16 日光社参詣曼荼羅
日光社参詣曼荼羅(館蔵品1096)
『清水町誌』史料編(清水町、1982年)
和歌山県立博物館編『高野山麓 祈りのかたち』(和歌山県立博物館、2012年)
大河内智之「紀伊国・日光社参詣曼荼羅についての基礎的考察」(赤松徹眞編『日本仏教の受容と変容』永田文昌堂、2013年)
和歌山県立博物館編『弘法大師と高野参詣』(和歌山県立博物館、2015年)
和歌山県立博物館編『有田川中流域の仏教文化―重要文化財・安楽寺多宝小塔修理完成記念―』(有田川町教育委員会、2017年)

17 明恵上人五百五十回御遠忌開帳絵図
和歌山県立博物館編『明恵 故郷で見た夢』(和歌山県立博物館、1996年)

18 能仁寺絵図
→ ナシ

19 御坊寺内町指図
中野榮治「日高御坊の寺内町景観」(『紀伊の歴史地理考』ナカニシヤ出版、2009年)
和歌山県立文書館編『収蔵史料目録八 御坊市藤田町 瀬戸家文書目録』(和歌山県立文書館、2009年)

20 熊中奇観 巻下
文化遺産オンライン(熊中奇観)
和歌山県立博物館編『紀州史〈絵〉物語』(和歌山県立博物館、1994年)
和歌山県立博物館編『熊野』(和歌山県立博物館、1999年)
和歌山県立博物館編『きのくにの歴史と文化 和歌山県立博物館館蔵品選集』(和歌山県立博物館、2004年)
竹中康彦「資料紹介 「熊中奇観」」(和歌山県立博物館蔵)」(『和歌山県立博物館研究報告』13号、2007年)

21 熊野三山図
和歌山県立博物館編『熊野』(和歌山県立博物館、1999年)
和歌山県立博物館編『西行―紀州に生まれ、紀州をめぐる―』(和歌山県立博物館、2018年)

22 熊野御幸図写
文化遺産オンライン(熊野御幸図写)
和歌山県立博物館編『紀州史〈絵〉物語』(和歌山県立博物館、1994年)
和歌山県立博物館編『熊野』(和歌山県立博物館、1999年)
和歌山県立博物館編『きのくにの歴史と文化 和歌山県立博物館館蔵品選集』(和歌山県立博物館、2004年)
和歌山県立博物館編『熊野三山の至宝』(和歌山県立博物館、2009年)
和歌山県立博物館編『聖地 熊野への旅』(和歌山県立博物館、2014年)

23 熊野本宮社頭図
文化遺産オンライン(熊野本宮社頭図)
和歌山県立博物館編『紀州史〈絵〉物語』(和歌山県立博物館、1994年)
和歌山県立博物館編『熊野』(和歌山県立博物館、1999年)
和歌山県立博物館編『きのくにの歴史と文化 和歌山県立博物館館蔵品選集』(和歌山県立博物館、2004年)
和歌山県立博物館編『熊野本宮大社と熊野古道』(和歌山県立博物館、2007年)

24 那智山図
25 郷社飛瀧神社見取図
26 熊野那智山社頭図心覚控
27 奥之院周辺図
28 熊野夫須美神社山林払下願地図
29 熊野那智神社旧境内旧神官屋敷・持地図

→ すべてナシ(初公開)
ただし、関連絵図は、和歌山県立博物館編『熊野・那智山の歴史と文化―那智大滝と信仰のかたち―』(和歌山県立博物館、2006年)などにも掲載。

30 実方院百分之一図
坂本亮太「熊野那智御師 旧宝蔵院所蔵史料 補遺」『和歌山県立博物館研究紀要』25号、2019年

31 新宮本社末社図
和歌山県立博物館編『熊野速玉大社の名宝―新宮の歴史とともに―』(和歌山県立博物館、2005年)
和歌山県立博物館編『熊野三山の至宝』(和歌山県立博物館、2009年)

32 新宮御宮御構之図
新宮御宮御構之図(館蔵品1061)

紀州名草郡紀三井山金剛宝寺護国院境内図(館蔵品263)

紀州名草郡紀三井山護国院金剛宝寺境内図(館蔵品263)

blog館263 紀州名草郡紀三井山護国院金剛宝寺境内図(クリックすると拡大します)
  
【基本情報】
明治24年(1891) 紙本墨刷 1枚   縦35.6㎝ 横48.2㎝

【図版・解説】  ※同版で和歌山市立博物館所蔵のものが紹介されています
和歌山市立博物館編『和歌浦―その景とうつりかわり―』(和歌山市立博物館、2005年)

【内容】
西国巡礼第二番札所である紀三井寺(和歌山市)の境内を描いた木版刷りの絵図。
この図は、天保11年(1840)に作成された版をもとに、
明治24年(1891)に部分的に修正を加えて、桜井一清堂によって改版されたものです。
右下の登り口には楼門(仁王門)があり、石段の両側には子院が建ち並んでいます。
石段上には本堂・本坊・鎮守・大日・開山堂・札所(六角堂)などが並んでいます。
現在は石段を登りきったあと、六角堂・鐘楼・大師堂と並んでいますが、
この図では鐘楼・大師堂・札所(六角堂)となっており、六角堂の位置が現状と異なります。
blog紀三井寺六角堂と鐘楼(現状の六角堂、奥に鐘楼がみえます)
なお、六角堂は18世紀後期の建築とされていますが(『和歌山県の近世社寺建築』)、
移動したのか、それとも絵が間違えて描かれたのか、検討が必要です。

明治時代以降も境内の変遷があったのでしょう。
なお本図では、紀三井寺の塔は三重塔ではなく「大日」と注記され、多宝塔として描かれています。
blog境内図(多宝塔)(大日とされた塔) blog紀三井寺多宝塔(『紀三井寺開創1250年記念図録』)(多宝塔現状『紀三井寺開創1250年記念図録』より)

次に文化8年(1811)に刊行された『紀伊国名所図会』とも比較とみたいと思います。
blog名所図絵(全体)(クリックすると画像は拡大します)
『紀伊名所図会』に描かれた紀三井寺の境内図と、この図とを比べてみると、
中央下部の文字などは大きく異なりますがが、構図や境内の構成要素は概ね一致しています。
blog紀伊名所図会書き込み(クリックすると画像は拡大します)

そういったなかでも大きな違いとなるのは、
①海龍院の有無、
blog境内図(海龍院なし)(境内図)  blog名所図会(海龍院)(名所図会)
②手洗所の横にある茶所と大きな樟、
blog境内図(樟)(境内図) blog名所図会(樟)(名所図会) blog紀三井寺楠現状(現状)
③本堂前の堂舎が釈迦堂か如意輪尊か、
④本坊の大きさ、
⑤本堂から開山堂へ行く階段の屋根の有無、
blog境内図(本坊)(境内図) blog名所図会(本坊釈迦堂開山堂)(名所図会) blog紀三井寺如意輪(如意輪観音現状)
などが挙げられます。
このようにみると、江戸時代後期から明治時代にかけて、
紀三井寺の本堂前の景観も大きく変わったことが想像されます。

なお、天保11年(1840)の元図(『和歌浦―その景とうつりかわり―』に掲載)と比べると、
画面上部の鐘楼と大きな松の位置、上部左上の本坊、
中央下部の芭蕉塚の碑文を記した部分などが異なっています。
鐘楼の位置が『紀伊国名所図会』とも異なる理由はわかりません。
鐘楼は天正16年(1588)の建立で、国指定の重要文化財となっています。
位置を間違えて描いたのか、鐘楼の位置が移動したのか、考える必要があります。

そのほか、江戸時代の紀三井寺の景観を知ることができる絵画資料として、
・紀三井寺参詣曼荼羅 1幅(紀三井寺蔵):17世紀
・名所図画    1巻(和歌山市立博物館蔵):17世紀半ば
・和歌浦図巻   1巻(和歌山市立博物館蔵):江戸時代後期 笹川遊泉筆
などがあります。


(当館学芸員 坂本亮太)

和歌浦図屛風(館蔵品928)

和歌浦図屛風(館蔵品928)

blog館928和歌浦図屏風 (クリックすると画像は拡大します)

【基本情報】
6曲1隻  江戸時代(17世紀) 紙本金地著色 縦106.1㎝ 横274.4㎝

【図版・解説】
和歌山大学紀州経済史文化史研究所編『増補・改訂版 みる・きく・たのしむ 和歌祭』(和歌山大学紀州経済史文化史研究所、2012年)

【内容】
和歌浦(和歌山市)を6曲1隻の画面に描いた名所屛風絵。

中央には西国順礼者を載せた船の往来、
入り海を挟んで右側に大きく天満宮と端に東照宮、中央下に玉津島神社、
左側に紀三井寺を配置するシンメトリックな構図をとっています。
blog紀三井寺 (紀三井寺)

右側の入江をめぐる行列は、和歌祭の練り物かと思われます。
blog風流踊り (風流踊り)
画面中央上部には、布引の砂洲が長く描かれ、また蓬莱岩には二羽の鶴があり、
その左横には藤白峠と筆捨松も見えます。
blog布引松(布引の砂洲・松)
blog藤代峠(藤白峠と筆捨松)
玉津島神社の裏では、製塩をする人々の様子も描かれています。
玉津島神社と製塩(玉津島神社と製塩)

人物表現は特徴的で、髭を生やした武士なども描かれています。
紀三井寺の塔は、文安6年(1449)の多宝塔が現存しますが、
本図など和歌浦を描いた名所図などでは、三重塔として描かれる場合があります。
blog三重塔(三重塔)

なお図像が近似する和歌浦を描いた屛風として、
・和歌山大学紀州経済史文化史研究所所蔵の「和歌浦図屛風」(紀州研本)
・東京国立博物館所蔵の「厳島和歌浦図屛風」(東博本)
があります。
年代的にみると、紀州研本→県博本→東博本の順に作成されたのではないかと思われます。

【参考文献】
和歌山市立博物館編『和歌浦―その景とうつりかわり―』(2005年)
和歌山大学紀州経済史文化史研究所編『増補・改訂版 みる・きく・たのしむ 和歌祭』(和歌山大学紀州経済史文化史研究所、2012年)

(当館学芸員 坂本亮太)

新宮御宮御構之図(館蔵品1061)

新宮御宮御構之図(館蔵品1061)

blog館1061 新宮御宮御構之図(クリックすると拡大します)

【基本情報】
嘉永7年(1854)ごろ  紙本墨画 1舗   縦53.6㎝ 横74.0㎝

【内容】
熊野速玉大社(新宮)の境内にある建物の平面図。
多くの付箋がつけられ、嘉永7年に修造された建物の状況や費用が記されています。

それぞれの建物には黄色い貼り紙で、建物の名称と桁行方向、梁間方向の長さが記されています。
下部の付紙には、「本文赤紙附ヶ紙之分/御かなもの外満作ニ相成/有之事」
とあり、第一宮から第四宮と奥御膳三神殿には赤紙が貼られていますが、
これらは飾り金物以外は出来上がっていることを示しています。
また、それぞれの建物にも付け紙があり、修復にかかる費用、内訳が記されています。
本図の付け紙に記された修造にかかる費用は総額で288貫目となっています。

この図は、新宮本社末社図(熊野速玉大社蔵)とは概ね記載内容が一致するものの、
一部(一ノ宮後ろに点線で描かれた「御仮殿」の存在など)異なる情報が記されています。
blog社殿背後
同様に、『新宮市誌』所収の「嘉永年間造営社殿図」とも少し異なります。
blog嘉永年間造営社殿図(『新宮市誌』掲載)
そのため、嘉永頃のある段階の図面と思われますが、
速玉大社において社殿が修造された直後にあたる嘉永7年(改元して安政元年)11月には安政の大地震もあり、
計画変更などもあったことが予想されます。
それぞれの図面がどの段階のものなのかなど、これから細かく分析していく必要があります。

なお本図は、和歌山の郷土史家である吉備慶三郎氏の収集資料と思われます。


(当館学芸員 坂本亮太)

高野山細見大絵図(館蔵品1114)

高野山細見大絵図(館蔵品1114)


blog館1114高野山細見大絵図 (クリックすると画像は拡大します)
                   
【基本情報】
紙本墨刷 1舗  縦86.5㎝ 横167.4㎝   文化13年(1816)~嘉永3年(1850)刊

【刊記等】
袋・表「再刻/高野山細見大絵図/浪華 橘保春画/板元/永寧坊/成我堂/随古堂」
袋・裏「関宿/上村伴左衛門 主(印)/嘉永三戌年/六月吉日」
表紙(題簽「高野山細見大絵図 全」))
図上部の飾枠内に横書の内題「高野山細見絵図」
図右下部双辺枠内に奥書「于時文化十癸酉載七月吉辰/〈浪華〉橘保春行年六十四歳筆(刻印「保」「春」)」
図右下の双辺枠内に刊記「板元/高野山/山本平六/同/経師八左衛門/名倉市場/寄屋喜兵衛」

【内容】
高野山内を鳥瞰的に描いた木版刷りの絵図。
現在確認されている木版刷りの絵図なかでは最もサイズが大きいもので、。
数枚の板木に刷ったものを一枚に繋いでいます。
上部を北、下部を南、右を東、左を西にして、横長に高野山全体を描き、
山内の塔頭寺院(子院)をはじめ、参詣人や僧侶なども描いています。

本図右上部単辺枠内に「于時文化十癸酉載七月吉辰/浪華/橘保春行年六十四歳筆(刻印「保」「春」)」の刊記があり、
大坂の絵師である橘保春(1750~1816)が、文化10年7月に下絵を描いたことがわかります。
blog刊記1  (クリックすると画像は拡大します)
保春は橘保国の養嗣子となり、保国に画を学んだとされますが、詳しい事績は必ずしもわかりません。
保国の父が橘守国であり、狩野探幽の弟子鶴沢探山の門人であったといいます
(『高野山大学図書館善本叢書 第三巻 高野山大学図書館所蔵 高野山古絵図集成』)。
保春の作品として、これまで確認できるものとしては、
本図と構図が似た「高野山図屛風」(高野山赤松院蔵。図録『西行』(和歌山県立博物館)に掲載)、
本図制作の直前である文化10年5月に描かれた四天王寺に伝来する『聖徳太子絵伝』、
版本には享和3年(1803)刊行の『高野図会』
の挿図などがあります。
このようなことから、高野山と関わりの深い絵師なのではないかとも考えられています。

本図を入れた袋には、
「再刻 高野山細見大絵図」
「旧板雖世弘/摩滅又ハ寺院ノ/改号等不少依之/名所旧跡諸堂社/再寺名等/悉改称校正ノ図/令甫(補)刻者也」
「板元/永寧坊/成我堂/随古堂」
とあり、本図は再刻版であることがわかります。
blog高野山細見大絵図表紙袋  (クリックすると画像は拡大します)

また本図の右下の双辺枠内に
「板元/高野山/山本平六/同/経師八左衛門/名倉市場/寄屋喜兵衛」
の刊記があり、板元が山本平六・経師八左衛門・寄屋喜兵衛の3人であったこともわかります。
blog刊記2  (クリックすると画像は拡大します)
山本平六と経師八左衛門は高野山、
寄屋喜兵衛は高野山麓の名倉市場(橋本市高野口町名倉)を拠点としていたことが肩書からわかります。
西南院所蔵文書(口上覚、日野西真定編『高野山古絵図集成』掲載)によると、
「高野山大絵図株板木は、山本平六先年ヨリ所持仕リ、売リ弘メ居リ申候処、去ル酉年(文化10年)類焼之節焼失仕候」
とあり、もともと版権は山本文平が単独で持っていたようですが、
文化10年に類焼して板木を失い、単独では再刻できなかったため、
3人の連名で学侶・行人両方に再刻を願い出て、
行人方は同13年正月、学侶方は同年2月に許可された
という事情があったようです(『高野山古絵図集成』解説)。

以上から、本図は
文化13年以降に山本平六(永寧坊)・経師八左衛門(成我堂)・寄屋喜兵衛(随古堂)が板元となって、
文化10年の「高野山細見大絵図」を再刻したものと考えられます。

さて、本図に載る図像に着目すると、壇上伽藍大塔の裏に「穀屋」があることがわかります。
穀屋は、米など穀物を喜捨として集める勧進聖の拠点となる寺院で、寺院内ではおもに修造を担当していました。
江戸時代後期においても活動実態は不明ながら、穀屋が存続していたことがわかります。
blog壇上伽藍  (クリックすると画像は拡大します)

また、奥之院に「南龍院」、紀伊初代藩主徳川頼宣の石塔に関わる注記もある点も注目されます。
blog南龍院  (クリックすると画像は拡大します)
紀伊国で印刷されたため、意識的に載せられたのではないでしょうか。

細部に注目して、江戸時代後期の高野山の風景についても改めて検討していく必要がありましょう。

なお、再刻された本図の原図となった文化10年の高野山細見絵図については、
日野西真定氏所蔵のもの、高野山大学図書館所蔵のものなどが知られています。
なかには彩色を施したものもあり、各所で所蔵されています
(和歌山市立博物館編『江戸時代を観光しよう―城下町和歌山と寺社参詣』2014年にも個人所蔵本が掲載)。


【参考文献】
高野山大学図書館編『高野山大学図書館善本叢書 第三巻 高野山大学図書館所蔵 高野山古絵図集成』(高野山大学、2020年)
日野西真定編『高野山古絵図集成』(清栄社、1983年)
日野西真定編『高野山古絵図集成解説索引』(タカラ写真製版株式会社、1988年)
大津美月「高野山古絵図の研究―高野山大学所蔵本を中心として―」『密教学会報』49号、2011年)

(当館学芸員 坂本亮太)

Appendix

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンター