Latest Entries

コラム6 熊野橋柱巌図屛風 桑山玉洲筆

最後に、大きな絵をご紹介します。

熊野橋柱巌図屛風 桑山玉洲筆 念誓寺蔵

熊野橋柱巌図屛風 桑山玉洲筆 六曲一隻
(くまのはしぐいいわずびょうぶ くわやまぎょくしゅうひつ)
紙本墨画淡彩
寛政9年(1797)か
念誓寺蔵
和歌山市指定文化財

 和歌山県南部の、串本町にある名所・橋杭岩を描いた屛風です。先のコラムでも触れたように、玉洲は、先生について絵を習うよりも、気に入った中国絵画を手本にしたり、風景を見て描く方を好んだようです。玉洲が描いたような、実際の景観に取材しつつ、中国の理想的な風景をオーバーラップさせた絵画を、「真景図」(しんけいず)といいます。絵具箱に入っていた方位磁針も、こうして出かけて絵を描くときに持って行ったのかもしれませんね。
 ちなみに、屛風などの大きな画面に絵を描くときは、まん中の方に手が届きません。ですので、屛風を立てて描くほかに、床に屛風を寝かせて、上に橋のように板を渡して、そこに乗って描くこともありました。

 さて、突然ですが、この絵は「紙」に描いています。
 専門的な言葉で、紙地のことを「紙本」、絹地のことを「絹本」とよびます。また、紙や絹のように、墨や絵具をささえる役割をするものを、「基底材」(または「支持体」)と呼びます。
 何色で、どんなふうに描くのかと同じくらい、どんな下地に描くのかということも大切です。それは、下地の特徴によって、絵の雰囲気が変わるからです。昔の日本の絵は、紙に描いたり、絹などの布に描いたりしました。 
 展示室では、紙と絹に触れるコーナーを用意していました。
 紙と絹にさわるコーナー

 ちなみに、なかなか評判がよかったのが、小学校で使うえのぐセットの展示でした。
小学校で使うえのぐセット

 夏休み企画展「のぞいてみよう!えのぐばこ」のコラムは、以上です。
 画家は絶対に大事にしていたはずだけれども、普段意外と気にしない道具や材質。
 絵がそこにあれば、それを描いた人がいる。
 そんなことに注目していただきたく、夏休み企画展では、明和中学校教諭川端あす香氏と博物館実習生のご協力のもと、ワークショップ「画家になりきり!水墨画体験」も行いました。
参加した小学生のみなさんは、真剣に、楽しんで絵を水墨画を描いてくれました。

ワークショップ

 和歌山県立博物館にお越しになったときも、他のところで絵をご覧になったときも、ぜひ、道具や材質といった、マニアックなところにも注目し、画家のこだわりを想像してみてください。
 きっと、新しい、絵を見る楽しみが生まれるのではないでしょうか。

 明日からの企画展「西行と明恵」、特集展示「日本遺産認定記念 醤油の町・湯浅」も、大変充実の展示です。お楽しみに!

(学芸員 袴田舞)

コラム5 山水図扇面画帖 伊孚九筆

山水扇面画帖 伊孚九筆 個人蔵

山水図扇面画帖 伊孚九筆 一帖
(さんすいずせんめんがじょう いふきゅうひつ)
紙本墨書/紙本墨画/紙本墨画淡彩
中国・清時代(18世紀)
個人蔵

 桑山玉洲が集めた中国の絵です。伊孚九という画家が扇に描いた絵(扇面画)を8枚、アルバム(画帖)に貼っています。玉洲は中国絵画、とりわけ扇面画を好み、いくつもの扇面画をコレクションしていました。極めつけには、『桑氏扇譜考』という本まで著すなど、好きなものをとことん追求する学者肌の画家でした。 
 玉洲は、先生について絵を習うのは、好きではなかったようです。代わりに自分で中国の絵を集めて勉強していました。江戸時代、中国は憧れの先進国だったので、アーティストたちは、競って中国文化をとり入れていたのです。こうした、江戸時代の画家があつめた絵や道具がまとまって残っているのは、たいへん珍しいことです。

(学芸員 袴田舞)

コラム4 七福神図・幽泉下絵

今回は、おめでたい絵からです。

10 七福神図 真砂幽泉筆 館蔵

七福神図 真砂幽泉筆(しちふくじんず まなごゆうせんひつ) 一幅
絹本著色
江戸時代(18~19世紀)
和歌山県立博物館蔵

 幸福をもたらす七人の神様の絵です。メンバーは、右から福禄寿(ふくろくじゅ)・寿老人(じゅろうじん)・毘沙門天(びしゃもんてん)・恵比寿(えびす)・大黒天(だいこくてん)・布袋(ほてい)・弁才天(べんざいてん)。皿にのった鯛と宝珠を囲んで楽しそうな様子です。周りには、松や竹が生えています。絹に、赤や青など多くの色を使って、丁寧に描いています。幽泉の絵の魅力は、この絵のように、まじめで上手だけれども、少しかわいらしさがあるところなのではないでしょうか。

 さて、実は、真砂家に伝わる江戸時代のノートの中には、この絵とそっくりな絵が描かれています。

七福神図粉本(冊子「禁他借」より)個人蔵

下絵・絵手本類のうち冊子「禁他借」伝 真砂幽泉筆 一冊
(したえ・えてほんるいのうち さっし「きんたしゃく」  でん まなごゆうせんひつ)
紙本墨画/紙本著色
江戸時代(18~19世紀)
個人蔵
 
 このページには、七福神のうち三人が描かれており、残りの四人は、前のページにすけて見えています。真砂家には、596点もの貴重な下絵や手本が伝わりますが、その中で、この資料だけが冊子形をしており、表紙には「他人に貸してはいけない」という旨の文言が書いてあるます。大切な「ネタ本」だったのでしょうか。

 幽泉さんは、20歳ごろに、京都から田辺へ帰ってからも、絵の勉強に励みました。真砂家には、京都にいる絵の先生とやりとりした手紙や、薄い紙に絵をぎっしりと描いた巻物、屛風や襖などを実物と同じ大きさで写した絵など、596点もの資料が伝わっています。これらは、昔の人がどのように絵を勉強したのかがわかる、たいへん貴重な資料です。
 また、真砂家には、幽泉が京都で習っていた鶴沢探泉・式部(探春)や、狩野春甫・春興からの手紙が、52通も残っています。これらの手紙から、幽泉は、田辺に帰ってからも、お手本を取りよせて、絵の練習に励んでいたことがわかります。

 もう1点、下描きと完成作品のセットをご覧いただきましょう。

大和耕作図下絵 個人蔵

下絵・絵手本類のうち「大和耕作図屛風」(やまとこうさくずびょうぶ)伝 真砂幽泉筆 12枚
紙本墨画
江戸時代(18~19世紀)
個人蔵

 六枚折り・二つで一組(六曲一双)の屛風の下描きです。全部で12枚の、墨で描いた絵が封筒に入っています。
大和耕作図下絵(たたんだ様子) 個人蔵

絵の裏には「右壱」~「左六」と、並べる順番をメモしています。大きな絵を描くときは、このような、実物と同じ大きさの下描きを作りました。

最後には、こんなふうにきれいに色を付けて仕上げ、龍泉寺という田辺のお寺に納めました。
大和耕作図屛風 真砂幽泉筆 左隻 龍泉寺蔵

大和耕作図屛風 真砂幽泉筆 六曲一双のうち左隻
紙本著色
江戸時代(18~19世紀)
龍泉寺蔵

 下描きと変えたところもあります。左から二枚目を見くらべてみてください。下描きにはいたニワトリが、完成作ではいなくなっています。やっぱりここにニワトリがいるとバランスが悪いと思ったのか、それとも注文主からNGが出たのか。色々なことが考えられます。
 こんな変化がわかるのは、下描きと完成作両方が遺っているからこそ。絵画の制作背景がリアルに伝わってきて、とても面白い資料です。

(学芸員 袴田舞)

コラム 印章(桑山玉洲ほか所用)

今回は、ハンコです。

0804桑山玉洲・桑山家使用印 個人蔵

印章 桑山玉洲ほか所用(いんしょう くわやまぎょくしゅうほかしょよう)23顆・一合
石製・水晶製
江戸時代(18~19世紀)
個人蔵

 日本や中国の画家たちは、絵の仕上げに、サインを書いて、印を捺します。これは、桑山玉洲とその妻の君婉(くんえん)や子の㬢亭(ぎてい)が使った印で、花鳥をデザインした愛らしい漆塗の箱に収められています。
 
 日本や中国の画家たちは、絵の仕上げに、サインを書いて、ハンコを捺します。画家の名前や好きな言葉を彫った、世界でただ一つのハンコをおすことによって、たとえサインがなかったとしても、その画家が描いたとわかるのです。墨一色の絵に、小さいけれど、鮮やかな朱色のハンコがおされると、画面がひきしまります。
 また、昔の画家は、いくつも雅号(ペンネーム)があったので、ハンコもたくさん持っていました。文字の部分がへこんで白く見えるように彫ったものを「白文印」、文字の部分が赤く浮きあがるように、周りを彫ったものを「朱文印」と呼びます。赤と白のバランスや、ハンコを捺す位置で、絵の雰囲気が大きく変わるので、ハンコを捺すのは、緊張する一瞬だったのではないでしょうか。

展覧会では、次の作品を展示し、玉洲がハンコを捺す際の工夫(バランスの取り方)をご覧いただきました。

山水図 桑山玉洲筆 個人蔵

(山水図 桑山玉洲筆 個人蔵)
細長い紙に、山や滝、川(山水)を描いています。右上にサインをして、その下に「嗣」「粲」の朱文印を捺しています。「嗣粲」(しさん)は、玉洲のペンネームの一つです。左下には、「聴雨」(ちょうう)という、玉洲のアトリエの名前を彫ったハンコを捺しています。こちらは白文印です。
上には赤の分量が少なくて軽い朱文印、下には赤の分量が多くて重い白文印を配置して、絵の持つ上昇感をサポートしています。
そして、こうした小さく細長い絵には、大きなハンコではなく、細くて小さ目のハンコを用いることで、すっきりとした印象を保っているのですね。

さて、上で紹介したハンコ類の中には、この絵に捺したハンコもあります。

「嗣粲」「聴雨」印

このハンコは、表に「嗣」「粲」、裏(展示室では鏡に映してご覧いただきました)に「聴雨」と彫ってあります。
この組み合わせは、「山水図」に捺してあるのと同じです!
「山水図」の二つのハンコは、別々のものではなく、一組として作ってあったハンコだったのですね。

こんなことがわかるのも、作品と道具が一緒に遺っていることの面白さの一つです。

(学芸員 袴田)

コラム2 画材道具(真砂家所用)

次は、夏休み企画展で取り上げたもう一人の画家の絵具箱です。

画材道具(真砂家所用) 個人蔵

画材道具 真砂家所用(がざいどうぐ まなごけしょよう) 

一式
江戸時代(18~19世紀)
個人蔵

 これは、真砂幽泉(まなご・ゆうせん)という、江戸時代(18~19世紀)に活躍した画家の家に伝わった絵具箱です。
真砂家で大切に保管されてきました。

 幽泉は、江戸時代の田辺(今の和歌山県田辺市)で活躍した画家です。今から約250年前に生まれました。
 絵が大好きだった幽泉は、10代のころ、何年か京都でくらして、鶴沢探索・探泉という狩野派系の師に絵を習いました。
幽泉は、大庄屋をしていた家の跡を嗣いでからも、仕事の合間に、たくさんの絵を描き、
紀伊藩八代目藩主である徳川重倫(しげのり)に絵を献上するなど活躍が知られます。

 この箱は、箪笥の形をしていて、引き出しは、後ろの穴から指で押して開けます。
数十本の筆や、絵具(顔料)、絵皿、膠など、道具一揃いが入っています。この箱をそばにおいて、絵を描いたのでしょう。
前回のコラムで紹介した桑山玉洲の絵具箱は、中国趣味が濃厚で洒落たものでしたが、この真砂家の絵具箱は、機能的でシンプルです。


 江戸時代の絵の描き方や道具は、現在「日本画」と呼ばれている絵の描き方や道具と、だいたい同じです。
学校などで使う絵具セットと大きく違うのは、絵具がチューブに入った練り物ではなく、粉であることです。
粉の絵具は、「膠」という、動物の皮や骨から作った接着剤と混ぜることによって、紙に描くことができます。
 幽泉たちが使う粉の絵具は、「顔料」といい、石などを砕いて粉にしたものです。
水には溶けず、絵皿(パレット)の上で他の色と混ぜることができないので、絵の上で重ねて、複雑な色を表します。
顔料のほかに、植物や虫から作った、水に溶ける「染料」も、絵具として使っていました。
幽泉も、一色で塗ったり、重ねたりと、工夫をしているようです。

 展覧会では、次のような作品を展示し、幽泉の色づかいをご覧いただきました。

兜図 真砂幽泉筆 個人蔵

(兜図 真砂幽泉筆 紙本著色 個人蔵)
 端午の節句(今のこどもの日)に飾る兜を描いた絵。左素主人という人が、絵の上のほうに和歌を書いています。細かい線で輪郭を描き、赤、茶、黄、緑、青、白、臙脂などをふんだんに使って色を塗っています。

蓬莱山図 真砂幽泉筆 個人蔵

(蓬莱山図 真砂幽泉筆 紙本著色 個人蔵)
 「蓬莱山」という、仙人の住む山を描いた、おめでたい絵です。
 朝日の赤、松や亀の緑、梅や鶴の白が鮮やかです。とんがった山には、青や橙色を薄く塗って、朝日を浴びて輝く様子を表しています。細やかな色づかいが魅力です。

次のコラムでも道具類を紹介します。

(学芸員 袴田)

コラム 画材道具(桑山玉洲所用)

9月に入り、夏休みも終わってしまいました。
和歌山県立博物館では、明日から、「西行と明恵」という新しい企画展が始まります。

その前に、夏休み企画展「のぞいてみよう!えのぐばこ」(7/22~9/3)のご報告を、
展示資料をいくつかピックアップして、コラムの形で記します。
 「のぞいてみよう!えのぐばこ」は、こんな思いがあって企画しました。展覧会のごあいさつを引用します。

「教科書やテレビ、展覧会で、わたしたちは、「完成した」作品を見ています。でも、どんな道具で、どうやって描いたんだろう?
 そんな疑問に答えてくれるのが、江戸時代の和歌山で活躍した二人の画家、真砂幽泉(1770~1835)と桑山玉洲(1746~99)のえのぐばこ。この夏休み企画展では、二人の画家のえのぐばこと、お手本や下描き、しあげにおしたハンコなどを展示し、完成作品の背景にある、画家たちのこだわりや、絵の練習のようすを、のぞいてみたいと思います。むかしの画家たちの生き生きとしたすがたを、身近に感じていただければ幸いです。」

展覧会に行けなかった!という方は、コラムをご覧になって、雰囲気を感じていただければと思います。

はじめにご紹介する資料はこちらです。

画材道具類(桑山玉洲所用) 個人蔵

画材道具 桑山玉洲所用(がざいどうぐ くわやまぎょくしゅうしょよう) 一式。
江戸時代(18~19世紀)
個人蔵

 桑山玉洲(くわやま・ぎょくしゅう)という、江戸時代(18世紀)に活躍した画家が使っていた絵具箱です。
玉洲の絵具箱は、他にもう1つ例が知られています。

 桑山玉洲さんは、江戸時代の和歌山(今の和歌山市)で活躍した画家です。
今から約270年前に生まれ、次のコラムで紹介する真砂幽泉よりも20歳ほど年上です。
 玉洲の家は、船で品物を運ぶ「廻船業」や、お金の両替をする商売をしていました。
20代のころには江戸(今の東京)へ行き、有名な絵の先生たちを訪ねました。
ですが、先生たちの絵に満足できなかった玉洲は、自分で絵の勉強を始めました。
友達と交流したり、あこがれの中国の絵を集めたりして、新しい絵の描き方を目指したようです。


 さて、この画材道具は桑山家の分家に伝わったもので、絵具を小分けにできる入れ物や、
方位磁針が入っており、屋外での制作時に使ったのかもしれません。
こちらの旧家には、玉洲の作品とともに、玉洲が集めた書画や使った道具がまとまって遺っています。
2013年に当館で開催した特別展「桑山玉洲のアトリエ」展で全貌が展示されたのも、記憶に新しいのではないでしょうか。
江戸時代の画家が集め使った道具や作品が、まとまって残る例はきわめて貴重です。

 玉洲の絵具箱には、「朱」や「丹」、「臙脂」など赤色系、「群青」など青色系、「白緑」など緑系、
白い「胡粉」に、輝く「金泥」など、たくさんの絵具が入っています。
カラフルできれいな色づかいが得意な玉洲。
展覧会では、次のような作品を展示し、玉洲の色づかいをご覧いただきました。

渡水羅漢図 桑山玉洲筆 館蔵

(渡水羅漢図 桑山玉洲筆 和歌山県立博物館蔵)
 大きな松の木の下で、川を渡る、大勢の羅漢を描いています。羅漢とは、仏教の、特に優れた僧侶のことです。山は鮮やかな青や緑色、川は薄い藍色。羅漢の服は、赤、青、白、緑、桃色、茶色など、さまざまな色が塗ってあります。いくつの色を見つけられるでしょうか。

富岳図 桑山玉洲筆 個人蔵

(富岳図 桑山玉洲筆 個人蔵)
 富士山が見えています。その前には松の林と川、そして家々。地面は、幅の広い筆を横に動かして描いています。墨の割合が多いなか、空や地面に朱色が入り、明け方か、夕方の景色のようです。よく見ると、緑や臙脂色の点で、草や花が描かれています。

コラムはいくつか続きます。

(学芸員 袴田)

第45回マイミュージアムギャラリー「追え!ピンポン球 ―三年間の集大成―」

和歌山県立博物館マイミュージアムギャラリー
第45回展示 「追え!ピンポン球 ―三年間の集大成―」
【出 陳 者】 和田 涼平
【展示期間】 平成29年8月11日(金・祝)~9月24日(日)
【出陳資料】 表彰状  現代(21世紀)

【資料をめぐる思い出】
 これは、中3の春に和歌山市の中学卓球大会で団体戦優勝した時の表彰状です。
 卓球は、友達に誘われて中学から始めました。休まず練習に参加していたからでしょうか、補欠ではあったものの団体戦メンバーに選ばれ、2回戦にダブルスで出場しました。自分の出た試合は惜しくも負けてしまったものの、三年間の集大成として形が残ったことは嬉しく思います。
 額に入っていて立派に見えますが、実は表彰状が一枚しか用意されなかったため、顧問の先生が職員室で人数分コピーしてくれたものです。しかし、厳しくも楽しかった日々を思い出させてくれる大事な品です。
表彰状20170810
(画像クリックで拡大します)

【学芸員(実習生)の一口メモ】
 表彰状とよく似た、一通の感謝状を紹介します。徳川賴倫(よりみち)から加納榮之助に出されたもので、南葵(なんき)育英会の賛助員になってくれたことに対する謝意が書かれています。
 徳川賴倫は、紀伊徳川家を継いだ、貴族院議員です。また、加納榮之助は、紀州藩主時代から将軍吉宗を支えた有力な紀伊藩士である加納家の出身です。
 南葵育英会は、徳川賴倫が明治44年(1911)に、和歌山県及び三重県の旧紀州藩領出身の子弟に修学を保護奨励することを目的として設立した団体で、奨学金の貸与や寮の提供を行いました。
頼倫感謝状(加納家資料100)
加納栄之助宛徳川頼倫感謝状(和歌山県立博物館蔵)

※今回の展示は、平成29年度に和歌山県立博物館が受け入れた博物館実習生8名が作成しました。
 

まちなかの博物館・美術館をめぐろう!-5館相互割引について-

まちなかの博物館・美術館をめぐろう!-5館相互割引について-

このたび、和歌山市内の5つの文化施設(和歌山県立近代美術館、和歌山県立博物館、和歌山市立博物館、和歌山城天守閣、わかやま歴史館)をご利用の方について、2館目の入館料を割引にてご利用いただけることとなりました。和歌山県立博物館と県立近代美術館では団体割引料金を適用します。

                  
県立近代美術館
一般   常設展340円→270円  特別展・企画展は団体割引料金適用
大学生 常設展230円→180円  特別展・企画展は団体割引料金適用
県立博物館
一般   常設展280円→220円  特別展は団体割引料金適用
大学生 常設展170円→140円  特別展は団体割引料金適用
*他館の割引料金については、各館のウェブサイトでご確認ください。


また、相互割引に関連して、和歌山城周辺に残る史跡や文化財等を紹介した「わかやままちなかミュージアムガイド」を作成しました。和歌山城下のまちなかを自転車や徒歩で巡っていただけるよう、5館が連携して作成したガイドマップです。各館に設置していますのでご利用ください。
わかやままちなかミュージアムガイド1 わかやままちなかミュージアムガイド2


下湯川観音堂に3Dプリンター製お身代わり仏像を奉納しました(平成29年7月28日)

 和歌山県立博物館では、和歌山県立和歌山工業高等学校の協力を得て、3Dプリンターを用いた文化財の精巧な複製を制作し、文化財の防犯対策を行っています。これは高齢化や人口減少などの要因により、管理や保全が困難になっている地域の寺社等にある文化財を博物館等で保管し、かつ、信仰されてきた環境も従来通り維持するための取り組みで、平成24年度から28年度までの5年間に、県内10か所の寺社に21体の複製を安置してきました。
 このたび、11か所目(22体目)となる、有田川町下湯川の下湯川観音堂に観音菩薩立像を奉納いたしました。仏像の計測、データ修正を県立和歌山工業高等学校産業デザイン科の生徒7名が担当し、高校所蔵の3Dプリンターで出力後、部品の接着、表面研磨、下地作りを博物館職員が行い、アクリル絵の具による着色作業を和歌山大学教育学部美術教育専攻の学生が行いました。
下湯川観音堂観音菩薩(左実物、右レプリカ)
(左:実物 右:複製)
 この仏像は下湯川観音堂の本尊像で、像高69.3㎝、髻を結って天冠台をあらわし、条帛、裙、天衣をまとって、左手を屈し右手を垂下しています。頭体及び右手前膊、左手上膊までと天衣遊離部も含め一木から彫り出して、頭部では頰が豊かに膨らみ、体部も抑揚を強調しない穏健な肉取りで、平安時代後期の仏像様式に基づいた、12世紀ごろの作例と考えられます。
 本年(平成29年)1月21日から3月5日の会期で開催した企画展「有田川中流域の仏教文化-重要文化財・安楽寺多宝小塔修理完成記念-」の事前調査で初めて同堂の調査を行ったところ、本像をはじめ、平安時代中~後期の仏像ほか古代・中世の資料が多数確認されました。
 本尊像以外は先の企画展で展示・公開することとなりましたが、極めて重要な資料群であり、また過疎化・高齢化の進んだ地域であることから、無住の観音堂で今後これらの資料をいかに管理していくかについて会期中に地域住民の方々と検討しました。結果、会期終了後は博物館で寄託を受け保管することとなり、改めて本尊像も借用するとともに、地域の信仰環境を維持するため、お身代わりの仏像を安置することとなったのです。

 7月28日(金)10時30分、有田川町の山中、有田川の支流・湯川川流域に位置する下湯川地区に高校生6名と大学生1名が到着。区長さん、お世話役の方、町の教育長らが迎えてくれる中、観音像は高校生が抱きかかえ、観音堂へと続く坂を登ります。
下湯川観音堂奉納 (5)

 観音堂には、堂守さん、下湯川の住民の方々がお待ちになっており、改めて今回の経緯をご説明し、工業高校の児玉先生に生徒の紹介を行ってもらったのち、生徒代表から堂守さんに「お身代わり」の仏像が手渡されました。
下湯川観音堂奉納 (1)

 観音像を観音堂の厨子の中に納め、区長さんが導師役となって、地域の皆さんで般若心経3巻が唱えられました。読経の後、拝んでいる地域の方が「お帰りなさい」とつぶやかれたのを聞いて、高校生・大学生が頑張って作ってくれた仏像が、無事に観音堂の本尊として迎え入れられたのだと、一安心しました。
下湯川観音堂奉納 (4)

下湯川観音堂奉納 (2)

 読経の後は、地域の方が用意してくれたわさび寿司(鯖寿司をわさびの葉で巻いたもの)をいただき、記念撮影のち帰途につきました。
下湯川観音堂奉納 (3)

 今回の「お身代わり」仏像の奉納は、作製した生徒・学生が地域の方々と交流を行うことで学びをより充実したものとするとともに、地域の方々が「お身代わり仏像」を身近に感じていただく機会となるよう行ったものです。心温まるふれあいに接して、その目的を達することができたものと感じています。今後も博物館では、大切な文化財を継承するための取り組みを続けて参りたいと思います。(主査学芸員 大河内智之)

下湯川観音堂への観音菩薩立像複製の奉納について(プレスリリース)

下湯川観音堂への観音菩薩立像複製の奉納について

 和歌山県立博物館では、和歌山県立和歌山工業高等学校の協力を得て、3Dプリンターを用いた文化財の精巧な複製を制作し、文化財の防犯対策を行っています。これは高齢化や人口減少などの要因により、管理や保全が困難になっている地域の寺社等にある文化財を博物館等で保管し、かつ、信仰されてきた環境も従来通り維持するための取り組みで、平成24年度から28年度までの5年間に、県内10か所の寺社に21体の複製を安置しています
 このたび、4月より制作しておりました、有田川町下湯川地区の下湯川観音堂の本尊である観音菩薩立像(平安時代後期・12世紀)の複製を、下記日程にて奉納することとなりましたので、お知らせします。
 現地には制作に携わった県立和歌山工業高等学校産業デザイン科の生徒と、アクリル絵の具による着色作業を行った和歌山大学教育学部美術教育専攻の学生が訪れ、新たに制作した「お身(み)代(が)わり仏像」を地区住民にお渡しします(実物は博物館寄託)。
 なお、今回の奉納は、生徒・学生が地域の方々と交流を行うことで学びをより充実したものにするとともに、住民の方々が「お身代わり仏像」を身近に感じていただく機会とすることを目的としています。

下湯川観音堂観音菩薩立像2017下湯川観音堂観音菩薩立像(実物・画像クリックで拡大します)
 
 日 時 平成29年7月28日(金)10:30~12:00
      (交通事情等で到着時間が若干前後する可能性があります)
 場 所 下湯川観音堂(有田川町下湯川577)  ※駐車場は添付画像の地図をご確認ください。
 参加者 有田川町下湯川地区の住民の方々・県立和歌山工業高等学校産業デザイン科の生徒及び教員
      和歌山大学教育学部美術科教育専攻の学生・和歌山県立博物館職員
 担当者 主査学芸員 大河内智之(当日連絡先:090-9546-6094)
 ※複製の作製は文化庁「平成29年度地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業」の成果によるものです。
下湯川周辺地図(広域)

下湯川周辺地図(詳細)

平成29年7月19日資料提供
担当課(室) 県立博物館
担当班・係 学芸課
担 当 者 主査学芸員 大河内
電話 073-436-8684 (学芸課)

Appendix

月別アーカイブ

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンター